快進撃を続ける1964年設立の老舗アウトドアブランド、スノーピーク(Snow Peak) に激震が走りました。
2022年9月21日、創業家3代目としてブランドの成長を牽引する若き女性社長、山井梨沙社長が突然退任することが発表されたのです。
今回の記事ではスノーピークを牽引してきた山井梨沙社長の突然すぎる退任劇の問題点や今後について、かつてディオール(Dior)、シュプリーム(Supreme)、ナイキ(Nike)で起こったそれぞれの類似事件と比較しながら検証致します。
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目次
- ■事件のあらまし
- ■なぜ突然の退任となったのか?
- ■比較①:ユダヤ人への人種差別発言によりディオールのデザイナーが退任
- ■比較②:シュプリームの販売会社代表が覚醒剤所持容疑で逮捕
- ■比較③:転売を行なっていた息子のせいでナイキ副社長が辞任
- ■まとめ 今回のスノーピークの事件との比較分析
■事件のあらまし
2022年9月21日、株式市場が閉まるか閉まらないかのころ、スノーピークの公式サイトに突然「代表取締役社長執行役員山井梨沙の辞任と代表取締役社長執行役員の交代について」というプレスリリースが投稿されました。
山井梨沙氏と言えばスノーピークを立ち上げた山井幸雄氏の孫にして若き3代目社長。
オートキャンプ事業に参入しスノーピークを大きくした山井太2代目社長の娘である山井梨沙氏は、高品質なアウトドアグッズを手がけるスノーピークにアパレルという新たな成長の柱を作り上げた人物です。
若干34歳(2022年9月時点)にして世界的に知名度も高いスノーピークのトップを務めていた彼女はビジネス界でも有名人。サステナビリティとも親和性の高いスノーピークの社長として、様々なメディアにも登場していた人物です。
そんな山井梨沙氏の代表取締役社長の突然の辞任、しかも理由が既婚男性との交際及び妊娠という前代未聞のプレスリリースの発表は世間を騒がせる結果に。
ファッション関連/アウトドア関連のメディアだけでなく、多くのニュースサイトや新聞が取り上げ、ツイッターのトレンド入りもなされました。
リリースによると山井梨沙氏の社長退任に伴い梨沙氏の実父にして現会長の山井太氏が社長兼任となるとの発表がされています。
■なぜ突然の退任となったのか?
出典:dancingdolls
既婚男性との交際、そして妊娠という行動は当然社会的に良いものではないものの、刑事事件やまして不特定多数の人に不利益を与える事でもありません。
山井梨沙元社長と相手側家族との間での話し合いや、内々での示談処理なども可能だったのではないかと多くの人が感じた今回の一件。
なぜ上場企業の代表取締役の退任にまで問題が大きくなったのか、そして退任理由を「一身上の都合」とできなかったのでしょうか。
以降の記事では、過去に起きた企業トップのスキャンダルと比較し、今回の山井梨沙氏の退任劇を分析したいと思います。
■比較①:ユダヤ人への人種差別発言によりディオールのデザイナーが退任
出典:afpbb
1996年にジャンフランコ・フェレ氏の後任としてクリスチャン・ディオールのデザイナーに就任したジョン・ガリアーノ氏。
類稀なるデザインセンスで以降15年にわたって世界最高峰のメゾンブランドのデザイナーを勤め上げたジョン・ガリアーノ氏でしたが、彼のキャリアは2011年2月に大きく破綻することとなります。
泥酔した彼がパリのカフェでユダヤ人女性に対し「俺はヒトラーが大好きだ」「お前みたいな奴は死んだほうがマシだ。親も毒ガスで殺されればいい」などと発言。
警察当局に拘束され、翌月にはディオールや自身のブランド「John Galliano」から解任されることとなります。
ジョン・ガリアーノ氏を解任した側の視点に立ってこの事件を改めて分析すると、ブランドに大きく貢献してきた稀代のデザイナーをあっという間に切り捨てた背景には、社会的な理由によるものが隠れていそうです。
フランス、ひいてはヨーロッパを代表するブランドの一つであるディオール。
この国やヨーロッパの歴史的背景を鑑みると、いくらガリアーノ氏が泥酔していたからといって、彼の発言は到底容認されるものではありません。
また、フランスにとってディオールというブランドは特別な存在。
ガリアーノ氏の前任のデザイナーだったジャンフランコ・フェレ氏がディオールを率いることになった際には、フェレ氏がフランス人では無かったことを理由に大きく批判の声もあがりました。
ガリアーノ氏は事件を理由にレジオンドヌール勲章(フランスの最高位勲章のひとつ)も剥奪。こうした周囲の反応から考えてもブランドを管轄するLVMHグループは一刻も早くディオールからジョン・ガリアーノ氏を切り離すことでブランドを守りたかったのかもしれません。
ちなみに、ジョン・ガリアーノ氏は事件をきっかけに禁酒のための回復プログラムに参加。
フランス中南部で長きに渡って行われたアルコール依存症からのリハビリテーションを経て、2014年にメゾン マルジェラのクリエイティブディレクターとして業界への復帰を果たします。
伝説的デザイナー、マルタン・マルジェラ氏のブランドを引き継ぎ、その業績を今も伸ばし続ける彼の手腕はファッション界から高く評価されています。
■比較②:シュプリームの販売会社代表が覚醒剤所持容疑で逮捕
出典:twitter
2つ目に比較対象として例に挙げる事件は、2020年12月に起きた大村健一氏の覚醒剤所持容疑での現行犯逮捕事件。
大村氏は日本においてシュプリームを取り扱う企業のTOPを務め、当時事件は大きな話題を集めました。
しかし事件から時を経て2022年現在、シュプリームの製造販売を手がけるWooster合同会社には、代表取締役として引き続き大村健一氏の名が連ねられています。
世界トップクラスの知名度と人気を誇るブランドであるシュプリーム。
シュプリームは創業者であるジェームズ・ジェビア氏や、同ブランドを傘下に収める米大手アパレルグループVFコーポレーションの発言権が強いブランドです。
そんな中で通常の経営層の心理から考えると、事件以降に大村氏を要職に残すことは極めて異例の判断に思えます。
しかし、ここで注目したいのはシュプリームというブランドの歴史的背景や物作りにおけるインスピレーション元に、アウトロー的な文脈を数多く持っているという点です。
短くない期間シュプリームを追いかけてきた筆者ですが、事件当時も大村氏の行いによってシュプリームに対するイメージが悪くなったという思いはありませんでした。
この点は恐らく他の多くのシュプリームファンにおいても同じことであり、「むしろシュプリームの代表が麻薬をやっていない方がイメージダウン」とまで豪語する知人もいたほどです。
大村氏が逮捕された理由が覚醒剤所持容疑という、一般的には当人以外に被害者の居ない犯罪であったことなども、こうした印象に寄与しているのかもしれません。
以上のような経緯から、事件後も大村氏はシュプリームの運営に深く携わることが出来ていると言えるでしょう。
■比較③:転売を行なっていた息子のせいでナイキ副社長が辞任
出典:distractify
3つめに比較事例として取り上げたいのはスニーカーやスポーツブランドの帝王、ナイキで起きた事件です。
2021年3月、ナイキの北米地域担当副社長兼ゼネラルマネージャー アン・へバート氏が同役職を辞任するというニュースが世界を駆け巡りました。
アン・へバート氏の退任の理由は、同氏の息子が彼女のクレジットカードを使って購入した限定スニーカーを転売し、大きな利益を得ていたことを雑誌にスクープされたからでした。
ここできちんと理解しておきたいのは「ヘバート氏の息子はあくまで母親のクレジットカードを勝手に使い、ナイキのレアスニーカーを購入し、転売していただけ」であって、「ヘバート氏のナイキ北米副社長という立場を利用して、不正にレアスニーカーを入手していたわけでは無い」ということです。
つまり、写真のような過度の転売行為自体の是非はともかく、この事象自体はあくまで家庭内におけるクレジットカードの不正利用問題であるという点です。
こうした視点で見れば、ナイキを25年以上勤め上げた副社長が辞任するべき事象なのかは少なからず疑問が残るところではあります。
それでもなおナイキがヘバート氏の退任という判断に至った要因には、ナイキのスニーカー販売戦略に本事件がマイナスに寄与すると考えたからでしょう。
販売数を絞ったレアなスニーカーを毎週のようにリリースし、争奪戦やリセールサイトでの価格高騰を連日生み出しているナイキ。こうした戦略をとる以上、ナイキのファンであればあるほど転売アレルギーが大きいことは想像に難くありません。
この問題はヘバート氏に大きな非がない事件ではありましたが、彼女の続投がナイキのブランド価値を毀損することを考慮した判断だったと言えるでしょう。
■まとめ 今回のスノーピークの事件との比較分析
出典:snowpeak
ここまで、ディオール、シュプリーム、ナイキのそれぞれの事件について紹介して参りました。
あらためて3つの事件をまとめるとすると、以下のような分析ができるのではないでしょうか。
①ディオールの事件…
ブランドのデザイナーが社会的に大きく問題がある発言をした(のちに軽犯罪事件化)
→結果、辞任に追い込まれた
②シュプリームの事件…
ブランドを手がける企業のトップが犯罪(麻薬所持)を犯した
→結果、現在も引き続き同企業の代表取締役を務めている
③ナイキの事件…
ブランドの副社長の息子が犯罪(クレカ不正利用)及び転売行為を行った
→結果、辞任に追い込まれた
上記で挙げた①〜③の事件はいずれも何らかの刑事事件となった案件ではありますが、その末路に大きな隔たりがあることが分かります。
この3つの事件で共通すべき点として、筆者は「ブランドイメージを毀損するか」が大きなファクターだったのではないかと考えています。
フランス及びヨーロッパにおけるトラウマ的事件であるナチスドイツやヒトラーに関連する暴言をデザイナーが吐いてしまった①のディオールの事件はともかく、③のナイキの事件には当人の非が監督不行き届き以外に無いことは明らかです。
しかし、アン・ヘバート氏がナイキを辞し、大村健一氏が今もシュプリームで辣腕を振るっている状況には、それぞれの事件がブランドのイメージを毀損するかをキーとして判断がなされたと仮説するのは無理筋でしょうか。
この仮説を踏まえてスノーピークが山井梨沙氏の辞任を発表したことを考えてみましょう。
出典:wwdjapan
山井梨沙氏の既婚男性との交際や妊娠をスノーピークの経営陣が知った時、彼らがまっさきに考えたことは同事件が表に出た際の影響について。
特にマスコミなどの第三者機関の手によって表に出てしまった際のブランドイメージの毀損に思いを馳せたのではないかと筆者は感じています。
何らかの形で本件が表沙汰になる前に自社内で発表を行い、代表取締役社長辞任という“禊”も先手を売って行ってしまう。
そして当面表舞台から山井梨沙氏を遠ざけることで事態の沈静化を図ったのではないでしょうか。
現にこの記事を書いている2022年9月22日現在、わずかプレスリリースから1日足らずで、スノーピークの公式サイトから山井梨沙氏の写真やインタビュー記事、プレスリリースなどが軒並み削除されています。
3つの事件と今回のスノーピーク山井梨沙氏の辞任との大きな違いとして、山井氏の事件のみが企業自らの発信によって世間に知れることになったという点、そして刑事事件ではない(おそらく民事または示談)という点があります。
しかし、スノーピークは今や単なるアウトドアブランドではなく、自然と触れ合う生き方そのものを提案する強力な世界観を構築しているブランドです。
キャンプ用品やアパレルアイテムのみならず、多くの人が訪れるキャンプ場の開放やスノーピークの手がけた家、そしてそこで生活し子を育てている家庭までもが存在するブランドは中々ありません。
スノーピークの世界観を、スノーピークのブランド価値を何としてでも守ることへの強烈な思いから今回の電撃退任が生まれたのではないでしょうか。
ディオールを追われたジョン・ガリアーノ氏が後に復活してマルジェラを大成功させた様に、山井梨沙氏がいつかまたスノーピークを率いる日がやってくる事を心から願っています。