目次
- ■はじめに
- ■1994:創業
- ■1995:現代アートとの親和性
- ■1996:ジェームズ・ジェビアの訪日とワングラム
- ■1997:珍しいLeeボディのTシャツ
- ■1998:日本がシュプリームをブランドにした
- ■1999:裏ダンク限定販売や大阪でのイベント開催
- ■2000:正式コラボと無許可コラボを同時に実施
- ■2001:FUCK NIKEを叫びAF1っぽい靴を作る
- ■2002:ナイキコラボでブランドの知名度が爆発
- ■2003:Dr.ドレーの名作アルバムからサンプリング
- ■2004:10周年を機にケイト・モスと “和解”
- ■2005:のちの定番「フォトTee」をスタート
- ■2006:シュプリーム原宿店がOPEN
- ■2007:ノースフェイスとのコラボ開始
- ■2008:大統領選挙と名古屋店のオープン
- ■2009:全米No.1ビールブランドとコラボ
- ■2010:ナイキとのオリジナルスニーカーを開発
- ■2011:ロンドン店のオープンと東日本大震災
- ■2012:渋谷店/DSMG 店がオープン
- ■2013:ストリートファッションブームの萌芽
- ■2014:コラボスニーカーを巡って暴動事件発生
- ■2015:ブームの加熱と偽物ブランドの誕生
- ■2016:大統領選で強烈なトランプ叩き
- ■2017:ルイヴィトンと世紀のコラボレーション
- ■2018:リモワとのコラボが争奪戦に
- ■2019:NY店がついに移転
- ■2020:コロナ禍とVFコーポによる買収
- ■2021:偽シュプリームとの戦いに終止符
- ■2022:トレマイン・エモリーがディレクターに
- ■2023:トレマイン・エモリーの衝撃的退任
- ■2024:30周年と新たな買収劇
- ■さいごに
■はじめに
こんにちは。
Fashion-Archive.comのしゅーと申します。
2020年の6月に本サイトを友人であるゆーと共に立ち上げ、ストリートファッション関連の記事を多い時で毎日、少ない時でも週1本執筆してきました。
今回お届けする記事は、Fashion-Archive.comを4年間運営してきたなかで、初めての有料記事となります。
テーマは、本サイトで最も取り上げてきたブランドである、シュプリーム(Supreme)について。
1994年にNYで誕生したこのスケーターブランドの歴史を、30周年を迎えた2024年に至るまで1年刻みで紐解いてゆこうと試みた記事となっています。
本記事を執筆するにあたっては、シュプリーム公式から出版されている書籍や1994年以降の『Boon』『smart』等の雑誌、私がアメリカに在住していた頃の経験、そして当時を知る国内外のシュプリームファンや有識者からの伝聞を参考としております。
シュプリーム創業年である1994年の部分のみ無料で公開し、以降の29年分を有料としました。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
■1994:創業
1994年にNYの片隅でシュプリーム(Supreme)が産声を上げた時、創業者ジェームズ・ジェビア(James Jebbia)はこれをブランドとしてではなく、単なるスケートボードショップとして考えていました。
オープン初日、店に並んでいたオリジナル商品は3種類のTシャツだけ。
インディペンデント(independent)やメナス(MENACE)のアイテムに混じって並べられていたそれは、1970年代のアフロヘアのスケーターを描いたもの、映画『タクシードライバー(1976)』にフィーチャーしたもの、そして「Supreme」と書かれた赤いボックスロゴの3種類。
この日売れたのはジェビアが店内にセレクトした数々のスケートボードグッズではなく、意外にもこのTシャツたちだけだったようです。
ジェームズ・ジェビアがシュプリームをオープンしたのは、彼がNYでキャリアをスタートしてから10年後のことでした。
1983年、19歳でニューヨーク市に越してきたジェビアは、ソーホーにあるパラシュート(Parachute)というアパレルショップに就職。ここでエディ・クルーズ(eddie cruz)をはじめとする、のちにストリートカルチャーを牽引する人々と出逢います。
出典:hiddenrsrch
次第に「自分のために働きたいと思うようになった(ジェビアとKAWSとの対談インタビュー 2010年)」ジェビアは、1989年にセレクトショップユニオン ニューヨーク(UNION NY)をオープン。
ユニオンではロサンゼルスで一世を風靡していたブランド、ステューシー(Stüssy)をいちはやくアメリカ大陸の反対側にあるニューヨークに持ち込み、大フィーバーを巻き起こします。
あまりの人気ゆえ、ユニオンの小さな店内はステューシーのアイテムで埋め尽くされ、他のセレクトブランドが隅に追いやられる勢い。
出典:footdistrict
そこでジェームズ・ジェビアはショーン・ステューシーにNY店の設立を提案、1991年にプリンス・ストリートにStüssy NYをオープン。
地元のスケーターやファッション好きだけでなく、ニューヨークを訪れた日本人観光客が大量に商品を買い求める姿が印象に残っているとジェビアは回想しています。
ちなみに同年、ジェビアと昵懇の仲だったエディ・クルーズがNYからLAに引っ越しし、ロサンゼルスの地でユニオン ロサンゼルス(UNION LA)をオープン。
彼はのちに大手スニーカーショップ、アンディフィーテッド(Undefeated)をLAで創業し、世界有数のスニーカーブティックに成長させています。
ユニオンにステューシーNY店と、ニューヨークのストリートシーンにおける重要人物となったジェームズ・ジェビアは、満を持して1994年にスケーター向けショップ、シュプリームをオープン。
このショップがたちまちスケーターたちの溜まり場となった背景には、ジェビアがジオ・エステベス(Giovanni Esteves)をはじめとするNYスケーターの意見を真摯に取り入れ、「本物のスケートショップ」を立ち上げることに尽力したからに他なりません。
※シュプリームNY店の初代店長となったジオ・エステベス
また、シュプリームがオープンするころにはマンハッタン中のスケートショップが閉店していたとの当時の声も残っており、猥雑なアダルトショップに隣接するような “怪しい” スケートショップたちが、1994年1月にNY市長に就任したルドルフ・ジュリアーニによるニューヨーク浄化作戦の標的になったのではとも考えられます。
こうしてNYのラファイエットストリートに店を構えたシュプリームでしたが、ジェビアが驚いたのは店に訪れるスケーターたちが商品も買わずに、ぶらぶらとたむろしているだけだったこと。
ジェビアはユニオンやステューシーに来ていた “客” とはまったく異なる彼らの振る舞いを「理解できなかった(2010年のインタビュー)」そうですが、これがリアルなスケートボードショップなのだろうと割り切り、彼らの対応をクルーに任せて自分は裏方に回ることを決意したそう。
NYの文化評論家、カルロ・マコーミックが2019年にシュプリームの2冊目の公式Bookに寄稿した序文によれば、シュプリームがオリジナル商品の販売をスタートしたのは「絶望的な資金繰りの中で、自分たちでTシャツを作って売るというアイデアを思いついた」からとのこと。
シュプリームのオリジナル製品の開発をジェビアに決意させたきっかけは、店内にたむろするだけで全く売り上げに貢献しないスケーターたちの存在や、オープン初日にオリジナルTeeが売れた “成功体験” が大きかったのではないでしょうか。
この年シュプリームはオリジナルアイテムとして、ボックスロゴが施されたフーディーやスウェットシャツ、現代アーティストラメルジー(RAMM:ΣLL:ZΣΣ)が手書きのネオンプリントを施したトラッカーハットなどをリリース。
NYを訪れた目ざとい日本人観光客も、ユニオンやステューシーでの爆買いと同様にシュプリームの商品を購入していたよう。
雑誌『Boon』の1995年1月号にはさっそく特集が組まれており、これすなわち1994年後半にはシュプリームの存在が一部の日本人から認知されていることが伺えます。