この記事を読んでくださっている皆様であれば、きっと日夜ナイキ(NIKE)のレアスニーカーの抽選に一喜一憂したり、毎週土曜日11時のシュプリーム(Supreme)の新作アイテム購入のためにスマートフォンと睨めっこしたりといった日々を送っているはず。
毎日のようにリリースされるコラボレーションアイテムや新作スニーカーを求めて奔走していると、必ず一度は行き着くのが「Supremeオンライン用Botツール」の存在や、やたらと「GOT’EM」画像を連発している「SNKRSの攻略法」といったnoteやブログたち。
今やシュプリームのオンラインストアや店舗入店抽選はBot無しではまともに商品購入ができず、ナイキのSNKRSは複数端末・複数アカウントが当たり前となっている現状に憤りを覚えている人も多いかと思います。
今回の記事では、そんな現状においてナイキやシュプリームといったブランド側はどういったスタンスを取っているのかや、彼らが行うブランド戦略とその未来について約8,000字の大ボリュームで解説致します。
これを読めばシュプリームやナイキで日々行われるレアアイテム争奪戦への見方が一変するはず。
必見です。
■ファッションにおけるブランド価値の重要性
出典:pakutaso
・オシャレを構成する2つのポイント
最初に彼らの戦略に触れる前に、我々はなぜオシャレをしたいのかについて整理する必要があるでしょう。
ファッション(=オシャレ)の意味について考えるとき、まず重要なポイントとなってくるのは「他者との差別化」と「顕示的消費」の2つ。
「他者との差別化」はすなわち他の人と比べてどこかファッションが異なっておりオシャレに見える状態、例えば「街を行く人みながスキニーデニムを履いているなか、ひとりだけワイドスラックスを履いている」さまがスタイリッシュに映る状態を指します。
結果、それを見た多くの人がワイドスラックスを求めることで1つのトレンドが生まれ、一般に広くトレンドが普及するとオシャレ上級者はまた新たな差別化要素を求める、というサイクルが生まれます。
現代のファッションにおける2つめの重要な要素である「顕示的消費」とはすなわち、「人に自慢したいがためにレアなアイテムを追い求める気持ち」です。
出典:wikipedia
アメリカの経済学者であるソーンスタイン・ヴェブレンが1899年に「他人が買えないものを買って周囲に見せつける行動」として提唱したこの「顕示的消費(Conspicuous Consumption)」こそが、ナイキのレアスニーカーやシュプリームのアイテム、そしてロレックスといった商品の価値を高めている要因だと言えるでしょう。
・商品の価格高騰=その商品をリリースする企業の価値上昇
実は前述の「顕示的消費」は企業にとって大きな意味を持ちます。
ナイキやシュプリームのレアアイテムをめぐって繰り広げられる熾烈な争奪戦や、デイトナ入荷の有無を毎日店頭に顔を出して確認するロレックスの「マラソン」行為は、リセール市場における当該商品の価格高騰の大きな要因となります。
一見、商品のリセール価格高騰は同商品を定価で販売するブランド側にはメリットが無いように思えるかもしれません。
しかし、「多くの人が求める商品を作っている」という事実は企業そのものの価値と大きく結びつき、株価上昇の要因にもなります。
また、基本的に商品の需要はその商品の価格が高ければ高いほど低いとされていますが、ロレックスのデイトナや2002年発売のシュプリーム×ナイキSBのダンク ローのように販売されている価格が高ければ高いほど需要が増すアイテムも中には存在します。
こうした現象をソーンスタイン・ヴェブレンから取り、経済用語で「ヴェブレン財」などと呼びます。
■シュプリームのブランド戦略 -Botや転売の黙認-
出典:hypebeast
・シュプリームのブランド価値=ストーリー性
では、実際にシュプリームはいかにしてブランド価値を高めているのでしょうか。
「コラボレーション」だと述べる人もいるかもしれません。
確かにコラボレーションはブランド価値上昇の1つの要素ではあるかもしれませんが、そもそもルイヴィトン(Louis Vuitton)やコム・デ・ギャルソン(COMME des GARCONS)とコラボレーションをしなければ、シュプリームに価値は無いのでしょうか?
商品の素材やデザイン性でいえば決して最上級ではないシュプリームがファッション業界における屈指の知名度と企業価値を有する理由について、私は「ストーリー性」と「顕示的消費」にあると考えます。
1994年のシュプリーム立ち上げ当時、NY中の壁や電柱に赤いボックスロゴのステッカーを貼り付けた逸話や、ロゴデザインの無断盗用によるバーバラ・クルーガーやルイヴィトンとの確執といったセンセーショナルなストーリー性こそがシュプリームのアイテムの価値向上のスタート地点であることは間違い無いでしょう。
・転売やBotの存在がシュプリームの価値を高めた
出典:highsnobiety
そして、商品の需要が高まると必ず現れるのが「確実に商品を手に入れるために販売システムをハックしようとする者」と「入手した商品を高額で転売しようとする者」です。
彼らは古くより入店時の行列に金で雇った人を複数人並ばせたり、オンラインストアで目当ての商品の選択から決済までを高速で行うBotの活用に勤しんできました。
シュプリームは当初こうした「システムハッカー」撲滅を掲げていたものの、彼らの存在がブランドにとって大きな利益をもたらすことにすぐに気づきました。
多くの人が求める商品を毎週リリースし、その商品はリセール市場にて高値で取引されるという事態はシュプリームのブランド価値向上に大きく貢献しましたし、皮肉なことにファンの購買意欲をより高める結果を生みました。
世界最大級の投資会社であり、価値上昇が見込める企業へ投資し、価値が高まれば株式を売却するビジネスを生業とするカーライルグループがシュプリームの株式のおよそ半数を入手するとその動きは加速。
出典:genexpartner
ファンへの建前上Bot対策や並びにおけるルールの厳格化といったポーズは取りつつも、シュプリームとシステムハッカーとの共存共栄は今も続いています。
■ナイキのブランド戦略① -供給コントロール-
・需要と供給の最適なコントロール
ナイキほど自社のブランド価値を最適に保つことに長けた企業は無いでしょう。
エアジョーダンやエアフォースワンといったブランドを代表するようなスニーカーは市中の一般的な靴屋へは絶対に卸さず、国内であればABCマートやアトモス、Undefeatedといったごく一部のスニーカーショップでのみ取扱いを許しています。
ナイキのブランド価値保全意識は非常に高く、ナイキの意図しない値下げや商品陳列を行うショップに対しては、それがたとえAmazonのような大企業であっても商品卸しの中止に踏み切った過去があるほどです。
現在、市中の適当な靴屋でナイキの商品を手に取ってみればすぐに、それがナイキの名作モデルやブランドとのコラボモデルではなく、単なる「運動靴」であることがわかるはず。
こうして、ナイキは自社の商品のランクを明確に分け、本当のファンに届けたいハイレベルな商品は販売先も大きく絞ることで希少価値を高めています。
また、ブランド価値の上昇が激しいアイテムについては迅速に生産数を絞り、迅速に需要をより高めるための施策を打ち出すのも特徴的です。
例えば、Nike By You(旧NIKEiD)というスニーカーのカスタマイズサービスでは、過去にダンク ローを自由にカスタマイズし、自分だけの1足を作ることができました。
しかし、近年ダンクの人気が復活し、ファンからの需要が高まるとNike By Youからダンクは姿を消し、その代わりに様々なブランドとのコラボレーションダンクや復刻ダンクが次々とリリースされました。
2021年にはNike By Youに一時的にダンク ローが復活したものの、以前よりカスタマイズできるパーツを少なくし、本当にデザイン性が優れたアイテムは自身で作成することが不可能な仕様となっていました。
※注:この記事の投稿後、2021年12月に「Dunk Low Unlocked」の名でカスタム幅の広いダンクがNike By Youに登場しました。
しかし、2022年7月現在に至るまでこのDunk Low Unlockedのリリースは少なく、基本は従来のカスタム幅の狭いNike By Youダンクが展開されています。

・アディダス イージーブーストの失敗
逆に、需要と供給のバランス戦略を盛大に見誤り、大きくブランド価値を落としてしまったのがアディダス(Adidas)です。
世界的なラッパーでありファッションアイコン、カニエ・ウエストとアディダスがタッグを組みリリースしたイージーブースト(Yeezy Boost)シリーズ、その中でもイージーブースト350および350v2は2010年代のスニーカーシーンを代表する名作スニーカーとして世界中から大きな人気を集めました。
発売即完売を繰り返し、リセール市場でも高騰が続いていたイージーブースト350でしたが、状況が一変したのが2018年の7月。
以前に発売済みのYEEZY BOOST 350 V2 “Cream White”の再リリースをなんと100万足もの在庫量で実施してしまったのです。
出典:hypeboy
これによってイージーブースト自体のブランド価値が大きく毀損。
「誰もが持つことのできるスニーカー」となってしまったイージーブースト350シリーズはその後、多くのアディダスのショップなどで売れ残るようになってしまいました。
■ナイキのブランド戦略② -ツールを使った広告配信やSNKRSの抽選操作疑惑-
・sprinklrとは何か? 世界中の一流企業が使うCRMツールの簡単解説
ナイキのマーケティングを語る上でもう1つ欠かせないのが「sprinklr(スプリンクラー)」の存在です。
出典:prtimes
一般消費者にとっては全く馴染みのないこのsprinklrですが、現在世界中の大手企業がWeb広告やカスタマーサポートを行う際に使っているCRMツールとなっています。
具体的なその活用方法や事例などの紹介は本筋から外れるため避けますが、sprinklrの大きな機能の1つとして、ツイッターやインスタグラム、TikTokなどと連携してユーザーの影響力や発言内容などを分析、そして企業にとって価値の高いユーザーをリスト化し蓄積することができる、というものがあります。
これによって、企業は「インスタグラム上でナイキのスニーカーの写真を投稿しているユーザーに優先的にナイキの広告を配信する」といったマーケティング活動や、「マイクロソフトのサーフェスについて困っているユーザーをツイッターで見つけ出し、公式アカウントから適切なフォローを行う」といったカスタマーケアを実施することができるのです。
こうした利便性の高さから、sprinklrはアマゾンやアップルといったGAFAやコロナウイルスワクチンなどで名高いファイザー、そして我らがナイキまで世界中の大手企業に採用されています。
・sprinklrの機能を使い、SNKRS抽選や限定アクセスを操作している?
出典:apple
多くのスニーカーヘッズにとっての生命線ともいえるナイキの公式アプリ「SNKRS」。
毎週のように煌びやかな新作スニーカーが本アプリでリリースされているものの、競争率の激しさゆえか中々お目当てのスニーカーが入手できないことに憤りを覚える人も多いことでしょう。
しかし、インスタグラムで数万人のフォロワーを抱えるファッション系インフルエンサーの投稿などを見ていると、彼らはかなりの高確率でレアスニーカーを購入しているように感じます。
はたして彼らは定価の数倍の値段を出してリセールサイトなどからレアスニーカーを購入しているのでしょうか?
はたまた彼らが時折弁解するように、彼らの友人たちがSNKRSで運良くゲットしたスニーカーを、気前よく譲ってもらっているのでしょうか?
そんなとき、私はsprinklrのある1つの機能のことをふと思い出しました。
その機能とは、「企業の会員登録に使われたメールアドレスと、各種SNSの登録時に使われたメールアドレスとを紐づける」というものです。
この機能を使えば、例えば「2021年3月9日にSNKRSでダンク ハイ Barely Green
を購入したAさんは、インスタグラム上で11万人のフォロワーを抱えるインフルエンサーである」ということを、ナイキ側が認知できるようになるのです。
Web広告が氾濫する現代において、人が最も商品を購入したくなるのは、「自分が好ましいと思っている人がその商品を持っている」というシチュエーションです。
ユーチューバーやインスタグラマーらが企業案件として商品を紹介するいわゆるインフルエンサーマーケティングは今や一般的なマーケティング手法となっていますが、私がナイキのマーケティング担当者であれば、このsprinklrの機能を使わない手はありません。
SNKRSで時折実施される限定アクセスや、レアスニーカーの抽選販売において、SNS上で影響力を持ったインフルエンサーのアカウントを優遇することは「コストを掛けずに」「インフルエンサー本人も気づかないほど自然に」ナイキのスニーカーのプロモーションを行う上で最適でしょう。
あくまでここで述べていることは私の想像ではありますが、今後SNKRSの攻略を考える上で、自身のSNSアカウントのフォロワー数を増やすための努力も並行して行ってみるのは、決して無駄ではないかもしれません。
なお、数あるSNSの中でもツイッターは、投稿からそのアカウントが使っているツールを確認することが可能です。

あなたの知っているブランドがどんなマーケティングツールを使ってツイッターの運用をしているのか、一度確かめてみてはいかがでしょうか。
■シュプリームやナイキのバブルは弾けるのか
出典:gqjapan
・コロナ禍による転売ビジネスの加熱
この記事を書いている2021年3月現在、シュプリームは2021年SSシーズンのアイテム発売が毎週実施されています。
以前からシュプリームを追いかけてきた方々の中にはお気づきの方も多いかと思いますが、明らかに入店抽選やオンライン販売時のBotの数が増えています。この現象の背景には、世界を襲ったコロナウイルス禍の影響で現行の仕事以外に新たな収入源を得ようとした人々が「転売ビジネス」に飛びついたことが背景にあるのは間違いないでしょう。
数ある転売商品の中でも商品価値が分かりやすく、Botツールを数千円弱から入手することで簡単に始められるシュプリームの転売ビジネスは、その参入障壁の低さゆえ一気にその数を増しています。
結果、店舗入店・オンラインショップ共に、Botを使わない「手動勢」が欲しい商品を定価で入手することがほぼ不可能な状況が続いています。
・転売を行なっていた息子のせいでナイキ副社長が辞任
出典:distractify
先日、ナイキの北米地域担当副社長兼ゼネラルマネージャー アン・へバート(Ann Hebert)氏が、2021年3月1日付で同役職を辞任するというニュースが飛び込んできました。
原因はヘバート氏の息子が彼女のクレジットカードを使って購入した限定スニーカーを転売し、利益を得ていたことを雑誌に記事にされたからでした。
ここできちんと理解しておきたいのは「ヘバート氏の息子はあくまで母親のクレジットカードを勝手に使い、ナイキのレアスニーカーを購入し、転売していただけ」であって、「ヘバート氏のナイキ北米副社長という立場を利用して、不正にレアスニーカーを入手していたわけでは無い」ということです。
つまり、この事象自体はあくまで家庭内の問題であって、本来であればナイキを25年以上勤め上げた副社長が辞任を求められるべき事象では無いということです。
それでもなおナイキが今回この判断に至った要因には、ナイキのファンの「転売アレルギー」が想像以上に大きく、へバート氏の続投がナイキのブランド価値を大きく毀損すると考えられたからに他ならないでしょう。
・ナイキやシュプリームのバブルが崩壊したら
こうした昨今の状況を踏まえると、「①少量生産→②販売後即完売→③高額で転売される→④その商品を生産するブランドの価値が高まる→⑤次にリリースされる商品にさらなる注目が集まる」というシュプリームやナイキのマーケティング戦略の崩壊は近いように思えます。
現に、直近のシュプリームは明らかに以前と比べて各商品のリセールサイトにおける価格が落ち着いており、転売ヤーからしても大量に仕入れて捌かなければ大きな利益を得にくくなってきています。
昨年末にはそれまでシュプリームの株式を半数保持してきたカーライルグループが、ノースフェイスやティンバーランドなどを擁する大手アパレル企業、VFに株式を売却。
出典:godmeetsfashion
これもカーライルがシュプリームの今後を見据え、「今が売り時」と判断したのかもしれません。
また、ナイキのスニーカーについても大手スニーカーショップatmos(アトモス)の本明秀文代表がインタビューでバブル終焉の可能性について言及するなど、先行きが明るいとは決して言えません。
・バブル崩壊後のナイキとシュプリームの明暗
今ナイキやシュプリームにとって最も恐るべきことは、転売の加熱によってファンが愛想を尽かし、商品価値の下がった商品を転売ヤー含め、誰も買わなくなることでしょう。
仮にそのような未来が訪れたとき、ナイキとシュプリームでは、はっきりと企業の存続における明暗が分かれるのでは無いかと考えています。
ナイキはたとえレアスニーカーの価値が下がったとしても、99%の世界中のユーザーは気にせずナイキの商品や運動靴を買い続けるでしょう。
我々スニーカーヘッズは忘れがちな事実ではありますが、ほとんどの人にとってナイキは単なるスポーツメーカーの1つであり、運動がしたくなった時にその辺のスポーツ用品店や靴屋で買い求めるだけのブランドです。
つまり、世界中に何千何万とあるナイキ取扱店とそのサプライチェーンがある限り、スニーカーバブルの崩壊はナイキに大きな影響を与えないということです。
出典:twitter
対してシュプリームはどうでしょうか。
シュプリームのビジネスモデルは前述の通り「ストーリーの切り売り」を軸としています。
NYの伝説的スケートボードショップから始まったこの小さなブランドは2021年現在においても路面店はわずか13店舗。
卸先もドーバーストリートマーケットのみという規模感で運営されています。
そんなシュプリームは、ナイキのように「レアアイテムの価値が失われたとき」のバックアッププランが用意されているのでしょうか。
製品のほとんどがOEM生産されるシュプリームのアイテムは「良いものではあるが世界最高ではない」程度の品質。
加熱する転売ビジネスによってシュプリームのファンがブランドに愛想を尽かしたとき、1994年以来彼らが切り売りしてきた数々の「ストーリー」の価値が暴落することは間違いありません。
また、店舗展開を広げることもシュプリームには難しいでしょう。
詳しくは下記の記事で解説していますが、シュプリームイタリアと呼ばれるフェイク品ブランドとの知的財産権を巡った裁判に敗れているシュプリームは、世界中の多くの国で、オリジナルであるにも関わらず自社の商品を展開することができません。
そんなシュプリームが今後も栄華を極めたいのであれば、現状考えうる唯一の方法は早急に本格的なBot対策・転売対策に取り組むべきだと言えるでしょう。
■さいごに
今回の記事では、ストリートファッションそしてスニーカーヘッズにとって馴染みの深いシュプリームとナイキという2つのブランドに焦点を当て、彼らのマーケティング戦略や今後について考察しました。
本ブログでは同様にユニクロとZARAの未来や、シュプリームの偽物ビジネスの現状、そしてさまざまなブランドの歴史や戦略を解説しております。
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