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アディダスを愛していたマイケル・ジョーダンは何故ナイキと契約したのか?

史上最高のバスケットボールプレイヤーとして知られるマイケル・ジョーダン。
そんな彼のシグネチャーモデルであり、発売から35年を経た今になっても絶大な人気を誇る伝説的なバスケットボールシューズ「Air Jordan(エアジョーダン)」。

発売以来エアジョーダンとそのシリーズモデルはナイキの業績を大きく支え、「ジョーダンと言えばナイキ」「ナイキと言えばジョーダン」と、まさしく蜜月の関係を築いています。

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そんなマイケル・ジョーダンですが、1984年のナイキとの契約までは、元々超が付くアディダス信者で、ギリギリまでナイキとの契約を渋っていたことはあまり知られていません。

今回は、そんなマイケル・ジョーダンがナイキと契約し、スニーカー界の頂点に輝くエアジョーダンが生まれるまでの歴史を解説します。

■アディダスの背を追うナイキ

今日のスポーツ界における圧倒的なトップブランドであるナイキですが、1970-1980年代においては、ナイキはまだ王者アディダスの背を追いかける挑戦者でした。

スポーツスニーカー市場において、サッカーではサンバ(adidas Samba)、テニスではスタン・スミス(adidas Stan Smith)、そしてバスケットボール業界においてはスーパースター(adidas Superstar)が幅を聞かせており、対するナイキはアディダスのみならず、バスケットボール業界においてはコンバースの後塵を拝してすらいました。

そんな競合ひしめくバスケットボール業界に殴り込みを掛けたナイキは、1982年にバスケットボールシューズ「エアフォース1(Air Force 1)」を発売。

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モーゼス・マローン(Moses Eugene Malone)やボビー・ジョーンズ(Robert Clyde “Bobby” Jones)といったNBA選手を6人選出しそれぞれにエアフォース1のオリジナルモデルを支給。

「オリジナルシックス」と呼ばれた彼らを使った販促活動によりエアフォース1の人気は爆発。

これによりナイキはバスケットボール業界で一定の地位を得ます。

■マイケル・ジョーダンのNBA入り

高校卒業後ノースカロライナ大学(UNC)に進学し、同校のバスケットボールチームの主力選手として全米大学体育協会男子バスケットボールトーナメント(NCAA)での優勝を導いたマイケル・ジョーダンは、1984年6月にNBAのドラフトで「シカゴ・ブルズ」に入団。

また、翌月スタートしたロサンゼルスオリンピックではバスケチームに参加し、同大会におけるバスケ米国代表の優勝を導きました。

そんなジョーダンは、UNC時代はコンバースを愛用。

画像出典:

syracuse.com

そしてロサンゼルスオリンピックではアディダスのバスケットシューズを着用しプレイをしていました。

エアフォース1の躍進によって市場における存在感を増していたとはいえ、マイケルの選択肢にナイキはいまだ含まれていませんでした。

■契約まで

マイケルが1984年6月にシカゴ・ブルズに入団したことを受け、デイビット・フォーク(David Falk)はマイケルのエージェントとしてスポンサー契約などにおける企業との交渉役に就任します。

デイビッドが所属するプロサーブ社はテニス業界で大きな実績を上げており、所属する選手の中には、自身と同名のシグネチャーシューズをリリースし、それが今日に至るまでアディダスの代表的なスニーカーとして知られているスタン・スミスなども居ました。

そんなプロサーブ社はテニスやボクシングといった個人競技に続き、バスケットボールのような集団競技においてもスター選手を発掘し、彼らのシグネチャーモデルを発売することを目論んでいました。

デイビッドとマイケルは当初NBAの公式シューズを扱うコンバース社を訪問。

当初マジック・ジョンソンやラリー・バードといったスター選手のシグネチャーカラーを使ったバスケットボールシューズを手掛けていたコンバース社は、「デビュー間も無いマイケルを特別扱いすることは出来ない」と、マイケルのシグネチャーシューズを作ることを拒否。

次にデイビットはアディダスとナイキに契約を打診。
アディダスファンだったマイケルは、ナイキへの興味が乏しく、ナイキ社への訪問すらも渋っていました。

デイビッドは渋るマイケルを説得すべくマイケルの母であるデロリスに協力を要請。
「ナイキは嫌だ」と言い張るマイケルにデロリスは、「ナイキにも機会を与えるべきだ。話だけでも聞きなさい」と嗜めました。

母親とエージェントに説得され、渋々ナイキ社に向かったマイケルを、ナイキ社は歓迎の横断幕まで用意して迎えます。
ナイキは25万ドルと彼専用のモデル、及び販売額に応じたレベニューシェアを提示し、当時としては破格の契約金(当時はトップ選手でもせいぜい10万ドル程度)にマイケルの心は揺れましたが、直後にアディダスは50万ドルの契約を提示し、マイケルは再びアディダスに傾きます。

そこで、デイビットはナイキ社に契約金をアディダス社と合わせるよう交渉。
バスケットボール市場におけるさらなる存在感の誇示を図っていたナイキ社はこれに合意。

入団直後で実績のない選手に、50万ドルという破格の契約金を払うという前代未聞のギャンブルに打って出ました。

■その後

その後の歴史は各メディアや書籍で書かれている通り。

ナイキ社が開発したエアジョーダン1は、マイケルの活躍とともに驚異的な売り上げを記録し、ナイキ社がバスケットボール市場におけるナンバーワン企業となる礎を築きました。

NBAでプレーすらしていない選手に賭け、破格の50万ドルの契約金を払ったばかりか、シグネチャーシューズまで開発したナイキ。

自らのこだわりを捨てナイキと契約し、期待に全力で応えバスケットボール界の頂点に上り詰めたマイケル・ジョーダン。

エアジョーダンシリーズがいまだに絶大な人気を誇る理由は、そんな彼らの関係性に思いを馳せるファンが多いからかもしれません。

今日におけるNBAの試合において、選手らが履くバスケットボールシューズのほとんどはナイキ製のものであることは、彼らのギャンブルが大成功を収めた何よりの証左だと言えるでしょう。

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