近年、ラグジュアリーブランド各社のストリート化が叫ばれて久しいですが、各ハイブランドがロゴを前面に打ち出したプロダクトばかり発表する現状に対し、苦々しい思いを感じているファッション好きの方も多くいらっしゃると思います。
今回はそんな近年の潮流に焦点を当て、なぜハイブランド、ラグジュアリーブランドが数多くのロゴアイテムをリリースするのか、メゾン・マルジェラとバレンシアガという2つの歴史あるハイブランドの現状や戦略から、理由をひも解いてゆきたいと思います。
■メゾン・マルジェラ
マルジェラのプロダクトの変化
ファッション好きから「世界で最も革命的なブランド」と推す声も大きいメゾン・マルジェラ(Maison Margiela)。
同ブランドの伝説的なデザイナーであるマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)が同ブランドを去ってから既に12年が経っていますが、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)率いる現行のマルジェラが提案するプロダクトに対し、批判の声は少なくありません。
マルジェラを象徴するデザインと匿名性
マルジェラというブランドを示す最大のポイントといえば、襟元のタグをあえて四隅のステッチでのみ縫い付け、誰でも簡単に取り外しが出来るように設計されたカレンダータグを置いて他に無いでしょう。
マルタン率いる以前のマルジェラは、足袋シューズやインサイドアウト、パッチワークといった革新的なデザインを楽しむものであり、ブランドロゴともいえるカレンダータグは一部で「あえて外して着るのが通」だとまで言われていました。
おそらくこの風潮は、マルタン本人の匿名性の高さに由来するものだったのでしょう。
彼は自身のファッションショー含め公の場に姿を見せることはほとんど無く、その素顔を知る人物はファッション業界関係者でさえほとんど存在しません。
雑誌のインタビューもFAXで質疑応答するなど、ミステリアスな存在として知られています。
特徴を前面に押し出す理由
そんなマルジェラですが、マルタンが去りジョン・ガリアーノがディレクションを行う現在のプロダクトにおいては、同カレンダータグやタグを縫い付ける四隅のステッチを前面に押し出したアイテムが数多く存在します。
出典:eghq
近年のマルジェラにおいては、モード全開だった依然と比べ、スウェットやコーチジャケット、キャップといったストリートライクなアイテムを数多くリリースしており、これまでマルジェラに見向きもしなかったストリートキッズ達からも注目を集めています。
こうしたプロダクトは旧来のマルジェラファンからは批判的に捉えられていますが、2019年のメゾン マルジェラの売上高は前年比36%以上増加し、2億ユーロに達しています。
ジョン・ガリアーノの方向性が誤っていない事の証左と言えるでしょう。
■バレンシアガ
ロゴデザインの変更
2015年からバレンシアガを率いるデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)は、若年層、ストリート層からの熱烈な支持を受ける現在のバレンシアガを作り上げた革命的なディレクターと言っても過言ではないでしょう。
彼は2015年にアレキサンダー・ワン(Alexander Wang)から同ブランドのクリエイティブディレクターの任を引き継ぐと、トリプルSやスピードトレーナーを始めとするストリートライクなアイテムをリリースし、ストリートを中心に絶大な人気を博しました。
そんなデムナの最大の功績を一つ挙げるとすれば、それは2017年9月にブランドロゴデザインを変更したことでしょう。
旧来のロゴからサンセリフ体のロゴに変更したこの流れに続き、バーバリーやセリーヌ、バルマンなども、2018年に旧来のロゴからシンプルでウェイトの重い字体にロゴを変更しています。
インスタグラムの台頭
では、この流れはなぜ起こったのでしょうか。
答えはインスタグラムの台頭に他なりません。
現代のファッション業界において、インスタグラムなしにブランドを存続することはもはや不可能と言っても過言ではありません。
新商品の紹介やレアアイテムのゲリラ販売はインスタグラムでしか告知されないことも多々ありますし、ユーザーもハッシュタグと共にブランド名を検索し、映えるアイテムや着こなしを常にインスタグラムでチェックしています。
アメリカの経済学者であるソーンスタイン・ヴェブレンは、「他人が買えないものを買って周囲に見せつける行動」を1899年に「顕示的消費(Conspicuous Consumption)」と名付けて提唱しておりますが、インスタグラムは正にこうした「顕示的消費」を様々なファッションブランドで行う場と化していると言えるでしょう。
デムナ・ヴァザリアの先見の明
だとすれば、旧来ごく少数の富裕層向けにアイテムを展開してきた各ハイブランドは何をすれば良いのでしょうか。
ブランドロゴやブランドを象徴するデザインを前面に押し出した分かりやすいアイテムをリリースすることで、そうしたアイテムを購入しインスタグラムに投稿する若者の「顕示的消費」を満たしてあげることが最適解であることは間違いありません。
そんな中、旧来のブランドロゴとして使われることの多かった「セリフ体」と呼ばれるタイポグラフィは、紙での視認性に特化した字体です。
インスタグラムの発展を見据え、いち早くスマートフォン等の小さいデバイス上でも視認性が高い「サンセリフ体」にロゴを切り替えたデムナ・ヴァザリアの先見の明には驚かされるばかりです。
余談ですが、デムナ・ヴァザリアは世界最高峰のファッション専門学校であるアントワープ王立芸術アカデミーを卒業後、同校の先輩であるマルタン・マルジェラの下を訪ね、マルタンの元でメゾン・マルジェラの女性コレクションを手掛け、経験を積んでいます。
デムナ・ヴァザリアやバレンシアガの歴史については、他の記事にてより詳しくご紹介しております。
ぜひ本記事と合わせてご覧ください。
■さいごに
今回記事を書くにあたり、メゾン・マルジェラとバレンシアガという2つのブランドをご紹介致しました。
結論から言えば、近年ロゴや象徴的なデザインを前面に押し出したアイテムを各ブランドが打ち出す理由は、こうしたブランドがターゲットとする層が、「ファッション好きな富裕層」から「ハイブランドにあこがれを持つ若者」に変化したからだと言えるでしょう。
インスタグラム全盛期の現代において「顕示的消費」を求める若者は、一目でそのブランドのアイテムだと判断できる分かりやすさを求めます。
こうした視点から改めて各ハイブランドのアイテムを眺めてみると、長きに渡って栄華を誇り続けるハイブランドは、時代に取り残されないようその時々でブランドイメージやプロダクトを刷新してきたことが理解できるかと思います。