服好きでなくとも知らぬ人の居ないトップブランド、ディオール(Dior)。
1946年の創設以来、洋服からコスメティクス、香水販売など様々な事業展開を行なってきたディオールですが、同ブランドがファッション界においてどの様な影響をもたらしてきたのかを知る人は多くありません。
今回の記事では、今日のファッション界に大きな影響を与えた歴代のディオールのデザイナーにフォーカスし、彼らの功績を紐解いてゆこうと思います。
■クリスチャン・ディオール
クリスチャン・ディオール(Christian Dior)は言わずと知れたディオールの創業者であり、戦後間もない1946年の創業以降、57年に心臓発作でこの世を去るまでのわずか11年の間に同ブランドをフランスにおけるファッションブランドの頂点にまで押し上げた人物です。
ブランド立ち上げの翌年である1947年2月、彼の発表したファーストコレクションはいきなり当時のフランスの服飾トレンドを覆すものとなりました。
ファーストコレクションの直前まで続いていた第二次世界大戦におけるフランスの服飾業界では資材不足により生地がしだいに配給制に。
1着の服に使える布地の面積も厳しく制限されるようになった当時のフランスの状況は、戦後もすぐには改善されず、ボールドルックと呼ばれる女性らしさが抑制されたストイックなスタイルが主流となっていました。
そんな最中、クリスチャン・ディオールがファーストコレクションで提案したのは、たっぷりと布地を使い女性らしさを最大限まで強調した「ニュールック」とよばれるものでした。
ニュールックの成功以降、毎シーズン様々なコレクションを発表し、その度にトレンドを作り出してきたクリスチャン・ディオールでしたが、中でも現代にまで引き継がれているファッションの常識とも言えるのが「Aライン」「Yライン」です。
「Aライン」はアルファベットの「A」の字のごとく頭部から胸にかけてはミニマルに、腰から足の先端にかけては徐々にシルエットが広がっていくスタイル。
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「Yライン」では逆に上半身にボリュームを持たせ、下半身を細身に抑えるスタイル。
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ディオールが1955年に発表したこの2つのスタイルは、のちに加わった「Iライン」と共に、男女限らず現代において自身のファッションをおしゃれにする上での大原則として、どんなファッション指南書においても必ず言及されています。
また、商品の展開を「春夏(SS)」「秋冬(AW/FW)」で年2回リリースするスタイルは現在のファッション界においてごく一般的な習慣ですが、これを形作ったのもクリスチャン・ディオール。
このように急逝までのわずか10年間で数多くのファッション界への多大な影響を与えた彼はまさしく伝説的なデザイナーだと言えるでしょう。
■イヴ・サンローラン
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1957年に52歳の若さでこの世を去ったクリスチャン・ディオールでしたが、彼が自身の後継者として育てていたのがイヴ・サンローラン(Yves Saint-Laurent)です。
ファッションデザイナー養成学校に通っていた当時17歳のサンローランは、コンクールのドレス部門での優勝をきっかけにクリスチャン・ディオールと出会います。
サンローランの類稀なる才能に感嘆したクリスチャン・ディオールは彼をファッションデザイナーとして開花させるべく手元に置いて育て始めます。
彼の元でどんどんと才能を開花させ、ディオールに「彼は特別な才能です。私は彼に認められたい」とまで言わしめたイヴ・サンローラン。
1957年にクリスチャン・ディオールが急死すると、わずか21歳の若さでブランドの後継者としてディオールの主任デザイナーに抜擢されることとなります。
突然フランスのトップブランドを率いることになり、多大なるプレッシャーに晒された若きイヴ・サンローランでしたが、58年に行われた彼主導での最初のディオールのコレクションは大成功を収め、フランスの新聞各社は「イヴ・サンローランはフランスを救った」「偉大なディオールの伝統は存続する」と称賛しました。
そんなイヴ・サンローランはその後徴兵と共にディオールを離れ、その後自身の名を冠したブランド「イヴ・サンローラン」を立ち上げます。
2008年に71歳で亡くなるまでファッション界に大きな影響を与えたイヴ・サンローランでしたが、そんな彼の多大なる功績の中でも、現在の服飾文化に大きな影響を与えているのが「女性のパンツスタイルの普及」と「ファッションとアートの融合」だと言えるでしょう。
それまで男性の様に街着として女性がパンツスーツを着用することはタブー視されていた中、1968年にイヴ・サンローランは女性らしさを保ちつつ男性同様にスマートなパンツスタイル「シティ・パンツ」を発表。
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世界から称賛されたこのスタイルは広く定着。
今日においては日本のリクルートスーツを含め、女性がパンツスーツを着ることは当然の常識として認知されています。
そして、現代のファッションシーンにおいては常識とも言える「ファッションとアートの融合」を最初に作り出したのもイヴ・サンローランです。
1965年の秋冬のコレクションにおいて、現代アーティストであるピエト・モンドリアンの絵画を大胆にドレスに落とし込んだアイテムを発表。
※「コンポジション」(1930年)
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※イヴ・サンローランのモンドリアンルック
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今日のファッション業界において、ユニクロからルイヴィトンまで古今東西のありとあらゆるブランドが日常的に行なっているアートを落とし込んだ洋服の文化はイヴ・サンローランによって作り出されたものなのです。
■ジョン・ガリアーノ
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3番目にご紹介するデザイナー、ジョン・ガリアーノはジバンシィを経て1996年にディオールのデザイナーに就任。
メゾン設立50周年の節目の年に就任した彼は、のちに15年にわたってディオールのデザイナーとして活躍することとなります。
創業者クリスチャン・ディオールが作り上げたニュールックやAライン、Yラインにフィーチャーし世界中の伝統芸能やカルチャーを混ぜ込んだスタイルを得意としたガリアーノ。
日本の伝統的な芸者小屋や折り鶴のデザインを盛り込んだアイテムなどもリリースしています。
そんなジョン・ガリアーノ時代のディオールは、特にレディースにおいて絶頂期を迎えましたが、2011年に事件が発生。
アルコール依存症だった彼はパリのカフェでユダヤ人女性にヒトラーや毒ガスに関する人種差別発言をしたとして逮捕。
これをが執行猶予付きの有罪判決となりディオールを解雇されることとなりました。
しかし、その後断酒のリハビリテーションなどを経て2014年に伝説的ブランド、メゾン マルジェラのクリエイティブディレクターとして就任。
現在までその類い稀なるデザインセンスとマーケティングによって同ブランドの躍進をサポートしています。
■エディ・スリマン
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1990年代後期、ディオールのメンズ部門「Dior Monsieur」の人気はどん底まで落ちていました。
そんなDior Monsieur をディオール・オム(DIOR HOMME)として蘇らせたのがエディ・スリマン(Hedi Slimane)です。
エディ・スリマンのデザインの大きな特徴といえば、なんといってもロック・スタイル。
ディオールに入る前はブランド「イヴ・サンローラン」でジーンズラインを担当していた
エディでしたが、彼がそこで作り上げたのがロックミュージシャンの様に細身でセクシーなスキニーデニム。
これが世界中で大ヒットしたことをきっかけに、エディは2001年、低迷していたディオールのメンズラインを立て直すべく引き抜かれます。
就任から2007年の退任まで、ディオール・オムでエディ・スリマンが一貫してテーマにしていたのが「ロック」と「少年性」でした。
黒を基調としたレザージャケットや、サンローラン時代に一世を風靡したスキニーパンツを毎シーズンの様にUKロックバンドのメンバーに着せ、ランウェイショーも彼らの音楽と共に構築したことからディオール・オムの独特の世界観を確立しました。
彼の手掛けた細身のスタイルの中でも、特に現代において一般化しているのが前述のスキニーアイテム。
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より細く見せるために収縮色である黒色に仕上げたスキニーデニム、通称「黒スキニー」は、オシャレの基本とも言えるYラインやIラインシルエットを構築する上で非常に使いやすいアイテム。
今日におけるメンズファッションの定番として多くの男性のワードローブに1本は収まっていることでしょう。
なお、ディオールを退任してからのエディ・スリマンはサンローランなどを経て2018年よりセリーヌのクリエイティブディレクターに就任。
就任早々ロゴの変更や、アイテムもエディ色全開のアプローチを行うなど、強烈な改革を実施。
2020年代におけるセリーヌ躍進をリードしました。
■クリス・ヴァン・アッシュ
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クリス・ヴァン・アッシュはベルギーに生まれ、マルタン・マルジェラら数多くの著名デザイナーを輩出したアントワープ王立美術アカデミー出身のデザイナー。
同アカデミーの卒業制作が前述のエディ・スリマンの目に留まり、彼のアシスタントとしてイヴランローラン リヴゴーシュに参画。
その後エディのディオールでのメンズ部門立て直しにあたって彼と共にディオールに移籍しました。
エディがディオールを去るとクリス・ヴァン・アッシュは2008年春夏シーズンからディオール オムを担当。
2018年に退任するまでディオールのメンズラインをエレガントなデザインセンスで牽引しました。
■キム・ジョーンズ
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2018年よりディオール・オムを担当するキム・ジョーンズ(Kim Jones)は、まさに現代のファッション界のトレンドを牽引している人物です。
2010年代から現在にかけてのファッション界の最も大きな潮流は「ストリートとラグジュアリーの融合」でした。
ジバンシィを率いたリカルド・ティッシがストリートの着こなしであるレイヤードスタイルをハイブランドのTシャツで行なったり、高価格帯のストリートブランド「オフホワイト(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」が台頭したりといった両者の融合は、キム・ジョーンズが押し進めた「コラボレーション」によって爆発します。
ディオールに就任する前、ルイヴィトン(Louis Vuitton)のメンズコレクションを手掛けていたキムは、ファッション界の歴史的イベント、シュプリーム(Supreme)×ルイヴィトンのコラボレーションを実現。
同コラボレーションについて、詳しくは下記の記事で紹介しておりますが、一言だけ申し上げるならば、近年様々なブランドが大々的なコラボレーションを次々と繰り出す様になったきっかけは間違いなくキム・ジョーンズの功績によるものでしょう。
ルイヴィトン×シュプリームというレガシーを打ち立てたキム・ジョーンズは盟友であるオフホワイトの創業者ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)にルイヴィトンのメンズディレクターの座を引き渡すと、2018にディオール・オムのアーティスティックディレクターに就任。
ディオールにおける最初のコレクションから、ストリートと親和性が高い現代アーティストKAWSとのコラボレーションにより話題をさらったキムは、その後も高級スーツケースブランドリモワ(RIMOWA)や西海岸を代表するストリートブランドであるステューシー(Stussy)と次々とコラボ。
そして、直近で行われたナイキ(NIKE)のエアジョーダン1とディオールのコラボコレクション「Air Dior」は、2020年のファッション界最大のビッグイベントとなりました。
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ファッション業界のコラボレーション文化は、キム・ジョーンズを中心にまだまだ続いてゆきそうです。
■さいごに
今回の記事では、ファッション界に大きな影響を与えたディオールの歴代のデザイナーをピックアップしてご紹介いたしました。
才能あふれるディオール出身のデザイナーたちはディオール卒業後も著名ブランドで活躍するケースが多く、世界のラグジュアリーファッション界に多大な影響を与え続けています。