深掘り解説

世界一、日本一の大富豪はどちらもアパレル系! ファッション業界は儲かるのか?

世界的な経済誌であるフォーブス(Forbes)誌の名物企画である毎年の長者番付。
1番の億万長者を決めるこのランキング、2022年の日本の長者番付1位はユニクロやGUで知られるファーストリテイリングの代表取締役会長兼社長の柳井正氏でした。
そして世界No.1の資産家はというと、2022年のランキングではテスラやスペースXで知られるイーロン・マスク氏が初の首位に。
しかし、同年年末になるとフォーブスのリアルタイム長者番付においてマスク氏が1位から転落し、ルイヴィトンやディオールを擁するLVMHの総帥、ベルナール・アルノー氏が長者番付世界1位となりました。
日本一、そして世界一の富豪がどちらもアパレル関係者となったのは史上初めて。

コロナ禍において苦境のはずのファッション業界において、何故このような結果となったのか。
そしてファッション業界は本当に儲かるのか?!
今回は日本、世界両方の視点からこの状況を分析します。

■カシミヤを着た狼、ベルナール・アルノー


出典:cnn

ルイヴィトンモエヘネシー、通称LVMHグループのトップを務めるベルナール・アルノーは、Amazonのジェフ・ベゾスやメタ( Facebook)のマーク・ザッカーバーグ、テスラやスペースX、Twitterのイーロン・マスクらと比較して知名度では控えめな存在。
それもそのはず、ベルナール・アルノーが手がけるLVMHはGAFAのようなテック企業でもなければ、何かとその動向が注目されがちなアメリカの企業でも無いからです。
そしてアルノー自身も他のセレブリティと異なりSNSでの発信や公の場所での過激な発言などをほとんどしない人物。
それゆえ、ルイヴィトンやディオールを知っていても、それを束ねているのが誰なのかはこれまであまり知られてきませんでした。

しかし、そんなベルナール・アルノーは界隈では「カシミヤを着た狼」「ファッション界の法皇」といったあだ名で呼ばれる人物。
1984年にディオールの親会社で、当時資金難に陥っていた繊維会社ブサックを買収し、ファッションブランドの世界に足を踏み入れた彼は、以降様々なブランドの買収を繰り返しながら世界最大のアパレルコングロマリットを作り上げてきました。

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■国内アパレル業界の帝王、柳井正


出典:president

山口の小さな紳士服店から始まり、日本最大にして世界有数のアパレル企業まで育て上げたファーストリテイリング(ユニクロ、GU等)の柳井正。
他ブランドのセレクト販売から始まったユニクロでしたが、自社開発のオリジナル商品に切り替えてからブランドは大きく成長しました。
以降、ユニクロは低価格ながら高品質な衣類の開発にこだわり、華美な衣類ではなく「LifeWear」をコンセプトに消費者と向き合うことを選択したのです。

駅前の出店や新聞の折り込みチラシにこだわり、あくまで泥臭く一般消費者に向き合い続けたユニクロの柳井正。
ここまで大きなアパレル企業になっていながら未だEC率が非常に低いのはその現れだとも言えるでしょう。

ただ、そうしたいわゆる「おしゃれでは無い層」をメインターゲットにしつつも、柳井自身は無類のファッション好きで知られています。
代表取締役会長兼社長という立場になった今でも、全ての商品に目を通してGOサインを出しており、ユニクロのコラボ相手を選ぶ際にも、安易に著名ブランドと手を組むことより能力の高い「デザイナー」と長く組むことが目立っています。

※例:同名のブランドではなく”デザイナー”のジル・サンダー氏や、エルメスを手がけるもブランドとしては著名でなかったクリストフ・ルメール氏をディレクターとして招聘。
ユニクロU +JUNNANZHOU@GMAIL.COM

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■何故ファッション業界出身者が長者番付の1位になったのか?


そんな世界のベルナール・アルノーと日本の柳井正は何故それぞれ長者番付のトップとなるまでに至ったのでしょうか。

・世界(ベルナール・アルノー)の場合

まず、2022年4月に同年のフォーブス長者番付が発表された際には、1位がイーロン・マスク、2位がジェフ・ベゾスとなっており、ベルナール・アルノーは3位となっていました。
しかし、2022年年末になるとアルノーがイーロン・マスクを抜いて1位に。
総資産は1,710億ドルと発表されました。

この大きな理由の一つはイーロン・マスクの資産を支えていたテスラ株が急落し彼の純資産が1,070億ドル(!)も目減りしたこと。
それに対しベルナール・アルノー氏が持つLVMHの株価は堅調に推移したことが挙げられます。

なお、コロナ禍やウクライナ情勢などもあり不安定な中、LVMHがここまで安定感を保てた要因は、同グループの事業ポートフォリオにあります。
通常、ファッションというのは当然トレンドがあり、気候変動や社会情勢など、様々な要因で製品の売上が毎年大きく上下します。
また、1年前にリリースされた洋服の商品価値は大抵目減りしてゆき、売れ残ったアイテムはセールにかけるか焼却することを余儀なくされます。
しかし、LVMHのもう一つの大きな収益の柱であるワイン&スピリッツ事業は売上や利益のアップダウンがあまりない業界。
売り切れなければ1年で新品のまま廃棄されてしまうファッションアイテムに対し、ワインやウイスキー、コニャックといったお酒は保管が可能です。

そして、ファッションのように毎年トレンドが移り変わることもなく、急に需要が大きく落ち込むこともあり得ない業態なのです。
LVMHのベルナール・アルノーは当たれば大きいアパレル業界に対しては攻めの経営をしつつ、同時に守りの経営としてワイン&スピリッツ事業で安定した利益確保を行なっていることで、グループとしての強さを保ち続けているのです。

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・日本(柳井正)の場合

日本において柳井正手がけるファーストリテイリングが成長を続ける理由の一つは、LVMHと同じくファッション業界を苦しめる「トレンド」への対策を行なったことにあると言えるでしょう。

「トレンド」への対策としてワイン・スピリッツ事業でグループの安定を図るベルナール・アルノーに対し、柳井はヒートテックやエアリズムといったトレンドに左右されない高機能商品を大量生産することで安定を生み出しました。
通常のアパレルアイテムは売れ残りを恐れて大量生産をせず、万一残った場合は急いでセールに掛けて必死に売り切ろうとするのが一般的。
これは、売れ残ってしまった商品は「会社の資産」として計上されてしまうからで、時が経つにつれてその価値がどんどん目減りしてゆくこの不良資産を、アパレル企業はなんとしてでも早く手放したいのです。

対して柳井はトレンドに左右されず何年も売り続けられるヒートテックやエアリズムといった商品を開発し、それを一気に何億枚も生産することで工場での生産コストも抑えているのです。
こうしたベースとなる商品を持っているからこそ、ユニクロやファーストリテイリングはチャレンジングな商品の販売や海外展開にも積極的に乗り出せたと言えるでしょう。

また、ファーストリテイリングを手がける柳井が日本一の大富豪に躍り出た背景には、そもそも他の日本企業が30年前と比べて何も成長してないことも無視できないでしょう。
柳井がユニクロを立ち上げた1980年代、世界の時価総額ランキングの上位は日本が席巻していました。
それに対し、2022年の世界時価総額ランキングでは、トップ50に日本の会社は1社のみ。
世界のランキングではIT系の会社が上位を席巻している中、日本の時価総額ランキングではITを生業とする会社がソフトバンクを除きほとんど目立たないのです。

※ランキングでは日本電信電話(NTT)がAppleやMicrosoftと同じ「IT・通信」にカテゴライズされていますが、NTTは「通信」であり、AppleやMicrosoftのような「IT」企業では無いと筆者は考えています


出典:journal

過去30年のIT化の潮流に取り残され、じわじわと力を落としていった日本の金融業や工業、製造業。
そんなかつての巨人たちを尻目に服飾というそれまでの日本のメインストリームから外れた商売をコツコツと行なってきた柳井正。
こうした日本の失われた30年が柳井を長者番付1位に押し上げたのかもしれません。

■ファッション業界は儲かる?


出典:new.shuno-oshieru

では、今後世の中ではファッション業界からどんどんと大富豪が生まれ、アパレルの世界が大きく広がってゆくのでしょうか。
答えは残念ながらNoであるように筆者は感じます。
現在のファッション業界においては、消費者はLVMHをはじめとするラグジュアリーなファッションか、ユニクロやZARA、SHEINに代表される低価格帯のファッションのみが栄える二極化が生まれています。

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2020年からのコロナ禍でその流れはさらに拡大。
素材やデザインにこだわったファッションアイテムは不要不急であり、ユニクロやGUといった低価格帯のもので済ませるか、どうせ買うなら思いっきりラグジュアリーなものを選びたい、といった思考が浸透したのです。

その結果、109ブランドの筆頭だったセシルマクビーが撤退をしたり、かつて日本のファッショントレンドの中心だったマルイ系のブランドをはじめとする中価格帯の商品がほとんど売れなくなりました。

つまり、ここから新たにアパレル企業が大きく成長するには、低価格・高品質を世界最大規模で提供するユニクロと戦うか、長い年月を掛けて顧客の信頼と知名度を勝ち取ってきたハイブランドと戦うことを強いられることになるでしょう。

そこまでの大きな成長を望まないにしても、中価格帯のファッションブランドがそこそこの収益を上げるためには、最低でも流行りとなるようなアイテムを何か1つでも作れることが最低条件になりそうです。
たとえば、ニードルズ(Needles)という国内ブランドは、高品質なトラックジャケット、トラックパンツを長年にわたって提案し続けてきました。
長年のこうした努力が身を結び、コーディネートの中にスポーティーなトラックパンツのようなスポーツライクな服装を差し込むスタイルが定着。
ニードルズの同アイテムはリリースされるたびに争奪戦が繰り広げられるようになりました。

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こうした大人気アイテムを一朝一夕で生み出すのは至難の業。
しかし、なにかしらブランドの看板となるようなアイテムを生み出さないことには、ファッション業界において大きな富を得ることは中々難しいのではないでしょうか。

■さいごに

今回の記事では、日本と世界の長者番付の一位がファッション関係者となったことを受けて、現在のファッション業界の状況や今後について分析しました。
本サイト「ファッションアーカイブ.com」では、他にも様々なファッション業界の動向を解説した記事を発信しております。
是非他の記事も併せてご覧頂けましたら幸いです。


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しゅー
2022年まで約6年間にわたって大手IT系企業に在籍。ファッションブランドやゲーム会社のマーケティング・カスタマーエクスペリエンス強化・海外進出を支援。ファッションはデザイナーズもストリートも大好きだが、特にシュプリームは大好物。