2022年10月25日、近年のスニーカーファンやカニエファンにとって残念なニュースが飛び込んできました。
アディダス(adidas)の公式発表によれば、同社はカニエ・ウェスト(Kanye West)およびイージー(Yeezy)とのパートナーシップ解消を正式に発表したのです。
発表するや否や、アディダスの株価は一時大幅に下落。
アディダスが自ら「最も成功したコラボレーションのひとつ」と述べていたYeezyとのパートナーシップは、何故解消するに至ったのか。
本記事では今回の事件を徹底分析し、アディダスとカニエの今後を紐解きます。
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目次
- ■アディダスはYeezyブランドを終了し、カニエと決別
- ■アディダスとカニエ・ウェスト、そしてYeezyのこれまで
- ■契約終了の原因① – BLM運動への批判-
- ■契約終了の原因② -反ユダヤ主義発言-
- ■契約終了の原因③ -アディダスへの不満-
- ■何故アディダスはカニエとYeezyを捨てたのか
- ■カニエとアディダスのその後
- ■さいごに
■アディダスはYeezyブランドを終了し、カニエと決別
2022年10月25日のアディダス公式発表は以下の通り(筆者翻訳)
アディダスは、反ユダヤ主義やその他のヘイトスピーチを容認しません。
Ye (カニエ・ウェスト)の最近のコメントや行動は容認できるものではなく、憎悪に満ちた危険なものであり、多様性と包括性、相互尊重と公正といった会社の価値観に反しています。
徹底的な検討の結果、アディダスはYeezyブランドの生産を終了し、Yeと彼の会社へのすべての支払いを停止する決定を下しました。
Adidas Yeezy 事業は直ちに停止します。
これは、第4四半期の高い季節性を考慮すると、2022 年の会社の純利益に最大 2 億 5,000 万ユーロ(368億2,400万円 ※1ユーロ147.3円換算)の短期的なマイナスの影響を与えると予想されます。
アディダスは、パートナーシップに基づく既存の製品および以前のカラーウェイと新しいカラーウェイのすべてのデザイン権の唯一の所有者です。
詳細は、2022年11月9日に予定されている同社の第 3 四半期の収益発表にて案内致します。
■アディダスとカニエ・ウェスト、そしてYeezyのこれまで
出典:shop9
Yeことカニエ・ウェストは数々のグラミー賞受賞を誇るUSのヒップホップ界の重鎮にして、稀代のファッショニスタ。
自身のファッションブランド「YEEZY (イージー)」を手がけ、2009年から13年にかけてはナイキと契約し、AIR YEEZY 1やAIR YEEZY 2といったスニーカーをリリースしていました。
※ナイキ AIR YEEZY 2
出典:stockx
AIR YEEZYは大人気となり、ジョーダンシリーズに並ぶナイキの一大シリーズとなると誰もが考えましたが、2013年に状況は一変。
同年カニエと当時の婚約者だったキム・カーダシアンとの間に娘が誕生すると、カニエはナイキに対しAIR YEEZYのデザイン料を要求。
「マイケル・ジョーダンも5%のデザイン料をもらっていたんだ。自分ももらってしかるべきだ」と訴えたところ、ナイキ側からは「あなたはプロのアスリートではない」と一蹴されたことで両者の関係に亀裂が入りました。
これに激怒したカニエは「娘が生まれた。これからは家族を養っていかなければならない」と述べ、ナイキとの契約を解消。
そこにアディダスが接近し、デザイン料の支払いを約束したことでカニエはアディダスとの契約を締結することとなったのです。
こうしてアディダスとカニエは2015年に初のコラボスニーカーをリリース。
カニエの代名詞である「YEEZY」とアディダスの「BOOSTフォーム」をあわせたYEEZY BOOSTは特大ヒットを記録しました。
※最初期モデル:Yeezy Boost 750 OG “light brown”
出典:hypeclothinga
その後もアディダスとカニエ・ウェストはYeezy Boost 350や700、近年ではYeezy Slideといった様々なシューズを2022年に至るまでリリース。
なんと、Yeezyの売上はアディダスの年間売上高2兆9,000億円(2021年)の約8%にも及んでいます。
しかし、多くのファンを惹きつけてきた稀代のコラボシリーズは、2022年をもって終了することとなってしまったのです。
■契約終了の原因① – BLM運動への批判-
出典:andscape
カニエは直近10月のパリファッションウィークにて自身のブランドであるYeezyの新作発表のショーを開催。
ショーの会場では保守系の黒人作家であるキャンディス・オーウェンズとともに、「WHITE LIVES MATTER」とバックプリントされたシャツを着用し、これが多くの批判を招きました。
BLACK LIVES MATTER (通称BLM運動)は2020年のジョージ・フロイド氏の事件をきっかけに全米に巻き起こった黒人差別に対する抗議活動。
そのカウンターとしてWHITE LIVES MATTER (白人の命も大事だ)やALL LIVES MATTER(すべての命が大事だ)と発言することは米国内において時に難しい状況を引き起こします。
BLM運動の支持層にとって、WHITE LIVES MATTERやALL LIVES MATTERという言葉は「黒人差別の現状に対する容認」や「社会変革の機運を削ぐ論点ずらし」と捉えられることが多く、特にリベラル層からは強く非難されているミームなのです。
こうした中、黒人であるカニエ・ウェストがこの「WHITE LIVES MATTER」を表明したことは大問題に発展。
加えて「ジョージ・フロイド氏の死は警官によるものではなく薬物だった」といった発言や、ショーの後でInstagramのストーリーで「みんなBLMは詐欺だって知ってんだろ」「(BLMは)もうおしまいだ。どういたしまして」といった投稿を行ったことで批判が殺到。
著名人、セレブリティを含め多くの人が彼をバッシングするに至ったのです。
昨今のアメリカにおいてBLM運動について批判やネガティブな表明を行うことはもはやタブーに近い行動。
過去の事例では、オフホワイト(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)を立ち上げ、黒人として初めてルイヴィトン(Louis Vuitton)のメンズアーティスティックディレクターを務めた故ヴァージル・アブローも、BLM運動についてかつて炎上した人物です。
BLM運動に端を発する暴動によってヴァージルの友人の店が略奪被害にあったことを彼がSNSで批判すると、これをBLM運動への批判だと捉えた人々からの抗議が殺到。
ヴァージルはのちに同発言を公式謝罪するに至っています。
このように、えてして炎上しやすいテーマであるBLM運動に対して真っ向から切り込んだカニエ・ウェスト。
彼のこの行動はアディダスの契約終了の大きな要因の一つであることは間違い無いでしょう。
■契約終了の原因② -反ユダヤ主義発言-
出典:skynews
2022年9月ごろからSNSなどでカニエがたびたび発言していたのはユダヤ人やユダヤ主義に対する不満や怒り。
「音楽業界ではユダヤ人が支配し、黒人の意見を所有している」「俺が目覚めたら、ユダヤ人にデフコン3(※米軍用語で防衛体制レベル3への引き上げの意)を行う」といったツイート、ポッドキャストでの発言が物議を醸すことになりました。
10月19日には英テレビ番組「ピアース・モーガン・アンセンサード」に出演。
番組ではこれらの発言について「俺が受けたトラウマと何も関係がない家族らに謝る」としつつも、発言への後悔をしていない旨や、人種差別発言について「やられたからやりかえした」といった表明をしています。
こうした発言でカニエ・ウェストはInstagramとツイッターから閉め出し。
彼のアカウントは停止に追い込まれることとなりました。
しかし、カニエはこれに即座に対応。米国の保守系SNSパーラー(Parler)の買収に乗り出し、18日には基本合意に至っています。
こうした状況はツイッターを締め出され、自身のSNSを作ったドナルド・トランプ元大統領のやり方とも酷似。
当時ツイッターの買収を完了しつつあった企業家イーロン・マスク(のちに買収完了)は、自身とカニエ、そしてトランプを3銃士に見立てた画像を投稿し、大きな話題を呼びました。
出典:gizmodo
■契約終了の原因③ -アディダスへの不満-
出典:twitter
出典:twitter
2022年6月ごろからカニエはアディダスに対する不満をたびたびインスタグラムで投稿。
この頃からアディダスとカニエの蜜月に亀裂が入ったとファッション業界では話題を集めていました。
例えば、6月にはアディダスの新作サンダル「Adilette 22」についてカニエは自身のYeezy Slideのあからさまなコピーであり、デザインの盗用だと酷評。
7月に行われたYeezyに関するアディダスが開催したイベント「Yeezy Day」は、カニエの承認なしに行われたと告発。
その他にもアディダスYeezyのアイテムの一部はカニエの許可を得て作られていないといった告発や、彼がアディダスに入ったばかりの上級役員と激しく対立するなど、同社との不和がここ数ヶ月大きく取り沙汰されてきました。
2022年9月、ついにはアディダス社とギャップ社との契約が切れたら「ひとりでやっていく」つもりだとまで発言したのが極め付け。
カニエの一連の発言を見る限りアディダスとの亀裂は大きく、アディダス側が契約打ち切りを決めた要因の1つとして数えても間違いないでしょう。
■何故アディダスはカニエとYeezyを捨てたのか
出典:yahoo
ここまで、アディダスが自社の収益の大きな柱である Yeezyを諦めるに至った理由を3つ紹介してきました。
3つの理由を総括すると今回の事件は「社会の分断と個人の影響力の大きさにアディダスが耐えきれなくなった」ことで起こったのではないかと、筆者は考えています。
アディダスの新作サンダルの盗用疑惑や、Yeezyのアイテム制作・販売がカニエの了承無しに行われたことが彼から告発された時、カニエファンはアディダスを激しくバッシングしました。
どのYeezy商品がカニエのお墨付きアイテムなのかをチェックするムーブメントも発生し「彼らがアディダスではなくカニエ・ウェストを買っている」ことが示されました。
しかし、カニエが前述の反ユダヤ発言やWHITE LIVES MATTER事件を起こすと、今度はツイッターを中心に#boycottadidas (カニエを排除しない限りアディダスは買わない)というムーブメントが発生。
カニエのファンからも、カニエのアンチからも批判されたアディダスとしては、一刻も早くカニエと手を切りたいという思いに駆られたはず。
良くも悪くもアディダスという超巨大企業よりもカニエ・ウェスト個人の影響力の方が大きいことが示されてしまったとも言えるでしょう。
また、アディダスにとって最大のマーケットであるアメリカはただでさえ現在分断に揺れています。
カニエのBLM運動批判や反ユダヤ発言は保守層からの賞賛とリベラル層からの強烈な批判にさらされ、折しも中間選挙の最中だったこの時期は特にそのハレーションは大きかったように感じます。
リベラル・民主党と保守・共和党、そして黒人コミュニティやユダヤ人コミュニティなどが複雑に絡み合ったアメリカの分断をやり過ごすことは、アディダスにとって自社最大のフランチャイズを手放すことよりも大切だったのかもしれません。
■カニエとアディダスのその後
出典:wwdjapan
カニエ・ウェストと手を切り、Yeezyブランドを終了したアディダスですが、同社はより難しい立場に立たされてしまったと言えるでしょう。
2023年3月現在、アディダスは市場から引き上げた大量のYeezyの処遇に頭を悩ませているのです。
アディダスが持つYeezyの在庫をいっさい再利用しないと決めた場合、これらの在庫は評価損として計上されることに。
すなわち、アディダスの今季の営業利益が5億ユーロ(約700億円)も消し飛ぶことになるのです。
また、衣服の大量焼却問題で環境団体からアパレル業界が目をつけられている昨今、Yeezy在庫の大量廃棄が非難を浴びることは間違いなしでしょう。
では、在庫をどこかの団体や震災被災地などに寄付するというプランはどうでしょうか。
ここで問題となるのはカニエがアディダスから去ったことでYeezyのアイテムの価値が軒並み上がっているということ。
もしもアディダスが在庫を寄付という形で放出した場合、これらの在庫は間違いなく転売市場に流れることとなるでしょう。
こうした状況から「アディダスがカニエと再契約をするのではないか」との報道も一部メディアで流れはじめています。
しかし、その場合間違いなくカニエを支持する層/嫌う層の双方から強烈なバッシングをアディダスが受けること間違いなし。
また、カニエをめぐって対応が二転三転するさまは、企業のガバナンスの観点からもあまり良いとはいえないでしょう。
アディダスはカニエ及びYEEZYをめぐって大きな窮地に立たされることとなりました。
そんな中、2023年にアディダスは在庫として保管していたYEEZYを再販することを発表。
再販にあたっては収益の一部をユダヤ人支援団体などに寄付すると発表し、契約終了の原因となったカニエ・ウェストの反ユダヤ発言に関する配慮を見せました。
なお、今回のYEEZY再販の収益の一部が分配されるユダヤ人支援団体、名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League 略称: ADL)は、カニエと時を同じくして「反ユダヤ」とバッシングされナイキとの契約を解除されたNBAスーパースター、カイリー・アーヴィングの事件にも関与していた団体。
カイリーのブルックリン・ネッツ出場停止処分やナイキ契約終了に向けて圧力を掛けた米国において非常に力を持った組織でもあります。
「自身の手がける音楽がユダヤに搾取されていること」に怒り、反ユダヤ発言を行ったカニエ・ウェストが、再び自身の作り上げたYEEZYの収益の一部をユダヤ人団体に「搾取」されることになったのは、数奇な運命とも言えるでしょう。
なお、2023年6月1日にアディダス公式オンラインにて行われたYEEZY再販には筆者も参加。
その際に購入した商品のレビューや、配送に当たって全国で起きたトラブルなどについては、こちらの記事で解説しております。
■さいごに
かつて、ファッション業界はブランドが力を持ち、ファンは「このブランドだから買う/買わない」を基準としていました。
しかし、今回のカニエ・ウェストの騒動に限らず、近年のファッションアイテムの購買行動はデザイナーやディレクターに紐づいているケースが多々見られます。
ブランドよりもデザイナーが力を持つ現在において、業界も我々も変革を求められています。