観光業界と並び、コロナ禍の影響がとりわけ大きかった業界といえばアパレル業界。
中堅ブランドは軒並み大きく業績を下げ、多くのショップは在庫の山を抱えました。
ショップやブランドは普段以上の値引き率でのセールやオンラインショップの活性化に奔走しましたが、ほとんどの場合焼け石に水。
なんとか会社から出て行くお金を減らそうと、多くの店舗が世界中で閉鎖・撤退に追い込まれました。
そんな中、ある意味一人勝ちとも言われたブランドがユニクロ(ファーストリテイリング)です。
2021年2月15日、ユニクロやGUを擁するアパレル大手「ファーストリテイリング」は、株価高騰によってアパレル時価総額で世界一を達成しました。
低価格・高品質なユニクロの商品はリラックスウェアを中心にコロナ禍における「おうち時間」需要にぴったりマッチし、ジル・サンダー氏を招聘して11年ぶりに復活した「+Jコレクション」なども社会現象と呼べるほどに人気を博しました。
しかし、そんな世界を制したアパレルの雄の周囲に、最近にわかに暗雲が立ち込めています。
前回のこちらの記事では、国内における大きな問題としてユニクロのセルフレジ訴訟について解説しました。
今回の記事では海外におけるユニクロの悩みの種、ウイグル問題によるユニクロ商品のアメリカ輸入差し止め措置について解説致します。
■問題の発端 -1月5日のシャツ没収-
近年ユニクロは海外への注力が凄まじく、2015年には海外店舗の割合が日本国内店舗の割合を超え、2018年には売上、利益ともに海外分が国内分を凌駕しました。
海外売上の中で大きなパイを占めるのは当然中国ですが、ユニクロにとってはアメリカも絶対に無視できない市場であるのは間違いありません。
そんなアメリカは2020年、新型コロナウイルスの蔓延による各地のロックダウンや買い控えの影響もあって、ユニクロも苦しい業績を強いられることとなりました。
ユニクロの大きな赤字エリアとなってしまったアメリカにおいて、泣きっ面に蜂とも言える出来事が起こったのは、まだトランプ政権下の1月5日のことでした。
アメリカ合衆国税関・国境警備局は2021年1月5日、ロサンゼルス港に到着したユニクロのシャツ類を没収。
その原因は、シャツの素材となった綿の生産に、「新疆生産建設兵団」が関与していると目されたためです。
■新疆生産建設兵団とはなにか
新疆生産建設兵団(しんきょうせいさんけんせつへいだん)とは、新疆ウイグル自治区で開墾と辺境防衛を行う、自治区指揮下の準軍事組織です。
明治時代に北海道の警備と開墾を行った「屯田兵」に近いこの新疆生産建設兵団は総数245万人を誇る超巨大組織。
日本の国土の4.4倍の広さを持ち、中華人民共和国最大の省(自治区)である新疆ウイグル自治区では、新疆モンゴル、ロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インドといった国々と国境を接しており、中国国防面からも重要な地域です。
その隣接地域の多さからウイグル人、カザフ人、キルギス人、漢族、チベット族、ロシア人など、数多くの民族が混在する新疆ウイグル自治区において、中国は1954年に新疆生産建設兵団を設立。当時は隣接するソビエト連邦に対する国境防衛の強化と地域経済の振興を目的に、兵団のメンバーを自治区内に定住させました。
彼らの創設時のスローガンはズバリ、「民と利益を争わない」。
新疆ウイグル自治区内に先住する多くの民族が既に使っている都市や土地からは距離を置き、「屯田兵」の名の通り新たに土地を開墾し街を作り上げることで、彼の地に根を張ったのです。
■ウイグル問題と強制収容所は、新疆生産建設兵団とは無関係
元々新疆ウイグル自治区は旧東トルキスタンとしての歴史を持ち、独立運動や紛争、イスラーム過激派によるテロなどが散発しており、こうした動乱の度に中国政府が押さえつけてきた歴史があります。
近年中国政府は新疆ウイグル自治区内に強制収容所を設置し、こうした反乱分子やイスラム教徒の拘束を進めていることは世界の知るところです。
強制収容所は一般的な刑務所と同様、収容者(囚人)に対し施設にいる限り様々な労働を課します。
中国政府が管理する強制収容所内での労働の中には当然綿花の採集や加工といった業務も含まれるため、彼らが収容された経緯も鑑み、国際社会がこれを強制労働と断ずることは当然のことと言えるでしょう。
ただし、新疆生産建設兵団は、この強制収容所や収容所内の強制労働問題に全く関与していないのです。
この事実を踏まえて今回のユニクロを改めて見直すと、ニュースがかなり違った見え方となることは間違いありません。
■新疆生産建設兵団の綿生産
中国は世界最大の綿生産国であり、その綿の84%は新疆ウイグル自治区からバングラデシュ、カンボジア、ベトナムなどの主要な衣類生産国を通して世界中のファッションブランドのアイテムとして使われています。
新疆生産建設兵団は自治区の名産品のひとつであるトマトの生産などに加え、綿生産の多くをウイグル自治区にて担ってはいるものの、それ自体は彼らのミッションであり、強制労働だと論ずるのはかなり無理筋でもあります。
また、総メンバーの88%が漢民族である兵団において、兵団内での少数派であるウイグル民族に国の生命線でもある綿生産を押し付け、あまつさえ強制することはトラブルの火種にしかならないでしょう。
つまり、強制収容所内で作られた綿素材をブランドが使うことは確かに大きな問題たり得ますが、新疆生産建設兵団の生産した綿の使用はウイグル問題とは切り離して考えなければ合理的とは言えません。
■中国とアメリカの貿易関係の悪化
2016年米大統領選挙を勝ち抜き2017年1月から合衆国第45代大統領を勤めたドナルド・トランプ氏の当選を大きく支えたのは「ラスト・ベルト(錆びた地帯)」と呼ばれる、産業が停滞し不況や貧困に喘ぐ地域にからの支持でした。
トランプ大統領は就任後早々にラスト・ベルトからの期待に応え、輸入政策を抜本的に変更。
同地域の産業が停滞したのは海外製品の米国への大量流入が原因だと断じ、米国第一主義を掲げ輸入に関する厳しい措置を世界中の国々に対し講じました。
日本を含む多くの国々はトランプ大統領の輸入措置に懸念や危機感を持ちながらも妥協点を探るべく交渉を重ねましたが、中国はトランプ大統領に対し大きく反発しました。
「米中貿易摩擦」と呼ばれ世界中を巻き込んだこの大騒動は、互いの経済制裁の応酬が続き、2021年6月現在も終わっていません。
米中関係に緊張が走った2017年頃、時を同じくして強制収容所から出た元収容者や亡命ウイグル族の証言が増加。
ウイグル問題は人権侵害的な問題として世界中の注目を集めたほか、アメリカにとって中国との覇権争いにおける重要な外交カードの1つとしてみなされるようになりました。
2020年末、アメリカ政府は新疆生産建設兵団の関連する綿製品の輸入を停止。
誤解を恐れずに言うならば、アメリカ政府はウイグル問題と新疆生産建設兵団が無関係であることを知った上で、あえて両者を結びつけて中国へのプレッシャーをかけていると言えるでしょう。
■バイデン政権への対中政策の引き継ぎがユニクロへ打撃を与えた
ここでもう一度、ユニクロが1月にロサンゼルス港で同社製のシャツを没収された理由を振り返ってみましょう。
ユニクロのシャツ没収について、アメリカ合衆国税関・国境警備局は、シャツの素材となった綿の生産に「新疆生産建設兵団」が関与している可能性があると説明していました。
その後、2021年5月にはユニクロ製のシャツの合衆国内への輸入差し止め措置を実施。
これは即ち、2021年の1月20日に新大統領に就任したバイデン政権は、退任直前だったトランプ政権の対中貿易政策を引き継いだということです。
オバマ政権時代から副大統領として中国と密な関係を主導し、親中派として知られたバイデン大統領がトランプ政権の対中政策を続行したことは中国国内に大きな衝撃を与えましたが、この判断は就任まもないバイデン大統領が中国に対して態度を軟化させることで、米国内での支持率が急落することを恐れてのことであるのは間違いありません。
この事実はユニクロにとって大きな誤算だったことは間違いありませんが、何よりタイミングが悪かったのは、バイデン政権発足からまもない2021年2月15日、ユニクロやGUを擁するアパレル大手「ファーストリテイリング」が、株価高騰によってアパレル時価総額で初めて世界一を達成したことでしょう。
長年ZARAを擁するインディテックス社の牙城だったアパレル世界一の座をユニクロが達成したことは、世界の大きな注目を集めました。
同時に2020年末から燻っていたユニクロのウイグル関連問題による米国のシャツ没収騒動にも再びフォーカスが当てられた今、そうやすやすと米国側もユニクロへの態度を軟化させることは難しいかもしれません。
なお、ユニクロにとってさらに状況を難しくしているのは、アメリカや国際世論の煽りをうけて新疆ウイグル自治区の綿の使用を辞めたH&Mなどのブランドは今、中国国内で不買運動まで発生していることです。
ユニクロの海外売上において、アメリカをはるかに超える割合を占める中国において、ここで新疆綿の使用を中止することはユニクロの業績に大きなダメージを与えることは間違いありません。
こうした経緯もあり、ファーストリテイリングの柳井社長はアメリカの措置に対する会見でも、新疆綿の中止について明言を避けざるをえませんでした。
こうした経緯もありアメリカ市場におけるユニクロは、米中貿易摩擦やウイグル問題に抜本的な終止符が打たれない限り、難しい立場を取らされ続けることは間違いありません。
■さいごに
今回の記事では1月に発生したユニクロのシャツの没収と、5月に改めて発生した合衆国へのシャツの輸入差し止め措置について、解説しました。
本ブログではユニクロのザラ、そして新興ブランドSHEINに関する分析や、ユニクロにとってのもう1つの悩みの種であるセルフレジ問題などを詳しく解説しております。
本記事と合わせて、ぜひご覧くださいませ。