数ある世界のストリートファッションブランドの中でも、絶対的な王者として君臨し、毎シーズン熾烈な争奪戦が繰り広げられるシュプリーム。
そんなシュプリームはその人気ゆえか、1994年の創業以来数々の珍事件を巻き起こし、話題を呼んできました。
今回の記事ではそんなシュプリームの歴史の中でも特に大きな騒ぎとなった、「シュプリーム Kマート事件」についてご紹介します。
■事件のあらまし
発端は2017年の夏にReddit (米国のSNS兼ニュースサイト)に投稿された1枚の写真。
出典:reddit
この投稿を行ったCokeSlurpees氏は、地元の大型スーパーマーケット「Kmart」で、シュプリームのタグが襟元についた無地のTシャツが1枚4ドルで売られていることに気がつきました。
投稿を見たストリートキッズたちは直ちにそれぞれ最寄りのKmartに急行。
そしてそこには確かに様々な色の無地Tシャツが、シュプリームのタグと共に安値でワゴンに山積みされていたのです。
この事態はあっという間に全米に知れ渡り、ニュースを知った人たちによってこの「シュプリーム仕様」のTシャツは直ちに買い占められました。
これに驚いたのがKマート側。
慌ててバックヤードにあったTシャツの在庫を精査し、襟元にシュプリームのタグがあるものは全て切り取った上で再度店頭に並べる措置を施しました。
結果、シュプリームタグのついたTシャツはKマートから消えると共に、ようやく事態が沈静化するに至ったのです。
■アパレル業界におけるTシャツの作り方
この事件がなぜ発生したのかを語る上では、ブランドがTシャツを作る際の仕組み、そしてブランドとOEM会社の関係について述べる必要があるでしょう。
まず、アパレルブランドがTシャツを発売する際に取る手段は主に2種類あります。
一つ目は生地やシルエットまでこだわり抜いて、自身のブランドオリジナルの1着を作り上げるパターン。
そして2つ目は、既に存在するTシャツの型に自社のブランドのタグを付け、プリントなどを施した商品を販売するパターンです。
ちなみに前者のパターンの方が当然1枚あたりの単価は上がるため、デザイナーズブランドやハイブランドのTシャツは、このタイプのものが多く見受けられます。
ただし、これは決して後者のパターンの商品が粗悪であるという意味ではありません。
こうした商品の作り方は主にOEM (Original Equipment Manufacturing)と呼ばれており、他社ブランドの製品を製造すること、または製造する企業のことを指します。
そもそもブランド1社ですべての製品ラインナップをデザインし製造・生産するには膨大な作業とスキルが必要となります。
それぞれその分野の商品作りを得意とするOEM会社に委託することはある意味合理的な戦略として、アパレル業界のみならず電化製品や食品に至るまで様々な場面で行われています。
OEMでは、ブランドが受託者に、商品の設計など詳細な情報を提供し、その商品の製作や組み立てを依頼して自社商品として販売。
当時のシュプリームも、アメリカンアパレルというOEM会社から買い付けたTシャツにプリントなどを施し、シュプリームの商品として販売していたのです。
出典:pinterest
■アメリカンアパレル社の倒産と事件の発生
アメリカンアパレル社は1989年創業。
アメリカにおける最大のアパレルメーカーの一つとして知られ、米国内外の様々なアパレルブランドに対し、高品質なOEM製品の製造を請け負っていました。
カナダ人起業家のドヴ・チャーニーによって作られたアメリカンアパレル社は、2005年には「最も急成長を遂げた企業500」にも選ばれるなど事業規模を拡大し、翌2006年にはアメリカン証券取引所(現NYSE AMERICAN)に上場を果たします。
しかし、2014年6月、アメリカンアパレル社の取締役会はドヴに対し、従業員に対する不正行為及び不適切な行動の申し立てに基づき会長及びCEO職を解任、追放することを決定します。
出典:fashionpost
ドヴは彼の弁護士を通じ、解任は不当であったと復職を即座に要求。
社内状況の悪化を重く見た投資会社ライオンキャピタルは、同社に貸付を行っていた1000万ドルのローンの返済を4年早めるよう通達を出します。
その結果、負債返済に向けた資金調達の努力も虚しく、翌2015年10月にアメリカンアパレル社は破産申請を提出することとなったのです。
会社の倒産とともに、アメリカンアパレル社は各ファッションブランド向けに生産中だった商品在庫を二束三文で市場に放出。
それに目をつけたのがアメリカ大手スーパーマーケットチェーン、Kマートだったのです。
Kマートは2017年、アメリカンアパレル社の名前で山積みされたTシャツの中に、シュプリーム向けに作っていた無地のTシャツが紛れ込んでいることに気づかないまま商品を店舗に陳列。
これがストリートファッション史にのこる珍事件に繋がりました。
■さいごに
現在、実際のTシャツのうちいくつかは日本国内の中古市場に流れてきており、いずれもKマートに並んでいた価格の数十倍の値段で取引されています。
また、シュプリームで現在売られているTシャツの多くは定価7,000円前後で販売されており、400円代で売られていたKマートの一件を知った後では、その価格設定に疑問を抱く方も少なく無いでしょう。
ここで立ち止まって我々が考えなければならないのは、有名ブランドの洋服やリセール価格が高騰したスニーカーが存在する理由のひとつが、文脈にあるということです。
ブランドの商品価格の中には素材費や製作者の工賃、デザイン料や流通コストなどが含まれていますが、特に高級ブランドの商品においては、それらを全て合わせた価格よりもはるかに高い値付けで店頭に並んでいることがほとんどです。
我々消費者がそれでもこうした商品を買う理由は、「〇〇というデザイナーが△△という出来事になぞらえて作った商品だから」「××というアーティストがこの服を着て□□でライブを行ったから」といった文脈に価値を見出しているからに他なりません。
シュプリームの製品においても、素材や型はOEM会社から安値で製作した製品でありながら、毎シーズン著名な現代アーティストや過去の事件にフィーチャーしたプリントをTシャツやフーディーに施すことで、その商品の文脈を作っていると言えるでしょう。
また、くだんのKマートのTシャツも当然、「Kマートに並べられていた」という文脈が現在のリセール市場における価格を高騰させているのです。