「LVMH」と聞いて皆さんは何を想像するでしょうか。
「ルイヴィトンの親会社でしょ」「高いお酒を扱っていることは知っている」といった理解をされている人がほとんどかもしれません。
誰しもLVMHの名を一度は聞いたことがあるものの、その実態をきちんと理解できている人は多くないはず。
LVMHはコロナ禍にありながら2020年度で5兆7,555億円もの売上を叩き出す巨大企業体。
今回の記事ではファッション界の巨人とも揶揄されるこのLVMHの概要や、なぜLVMHがここまで強いのかを3つの視点から解き明かします。
■LVMHとは何か
「LVMH モエ・ヘネシー・ルイヴィトン」(通称:LVMH)は、ルイヴィトンやディオールなど、世界に名だたるファッションブランドからドンペリやヘネシーのような酒造ブランド、そしてタグホイヤーやブルガリなどの時計ブランドなど、計74のブランドや事業を擁する巨大なコングロマリットです。
コングロマリット(conglomerate)とは、直接の関係を持たない複数の業種、業務、ブランドが一同に介した企業体のこと。
ファッション業界においては、カルティエやダンヒルを擁するリシュモン、グッチやバレンシアガ、プーマなどを擁するケリング、そしてLVMHの3つが御三家コングロマリットとして君臨しています。
各コングロマリットはさまざまな有力ブランドの買収にしのぎを削っており、日々グループの力を強めるための次なる買収先を探しています。
中でもLVMHは世界最大のアパレルコングロマリットとして長年君臨し、豊富な資金力で様々な有力ブランドを手中に収めてきました。
近年でも158億ドル(約1兆7,400億円)で宝飾品大手のティファニーを買収したり、2010年代のラグジュアリーストリートファッションを牽引したオフホワイトの株式の過半数を取得したりといった、積極的な企業買収を行っています。
■LVMHの保有ブランド
LVMHの凄さはなんといってもその保有ブランドの数と事業の多彩さ。
「メゾン」と呼ばれるLVMHが保有するブランドや事業は「ワイン & スピリッツ」 「ファッション & レザーグッズ」「パフューム & コスメティクス」「ウォッチ & ジュエリー」「セレクティブ・リテーリング(百貨店等)」「その他の活動(旅行業、出版業等)」の6つに分類され、その数は74にも及びます。
LVMHが保有するメゾンは以下の通りです。
・ワイン & スピリッツ
- Ao Yun
- Ardbeg
- Belvedere
- Bodega Numanthia
- Cape Mentelle
- Chandon
- Château Cheval Blanc
- Château d’Yquem
- Cheval des Andes
- Clos des Lambrays
- Cloudy Bay
- Dom Pérignon
- Glenmorangie
- Hennessy
- Krug
- Mercier
- Moët & Chandon
- Newton Vineyard
- Ruinart
- Terrazas de los Andes
- Veuve Clicquot
- Volcan de mi Tierra
- Woodinville
・ファッション & レザーグッズ
出典:luxus-plus
- Berluti
- Celine
- Christian Dior
- Emilio Pucci
- FENDI
- Givenchy
- Kenzo
- Loewe
- Loro Piana
- Louis Vuitton
- Marc Jacobs
- Moynat
- Patou
- RIMOWA
・パフューム & コスメティクス
出典:fragrantica
- Acqua di Parma
- Benefit Cosmetics
- Cha Ling
- Fenty Beauty by Rihanna
- Fresh
- Givenchy Parfums
- Guerlain
- Kenzo Parfums
- KVD Vegan Beauty
- Maison Francis Kurkdjian
- Make Up For Ever
- Marc Jacobs Beauty
- Parfums Christian Dior
- Perfumes Loewe
・ウォッチ & ジュエリー
- Bvlgari
- Chaumet
- Fred
- Hublot
- TAG Heuer
- Tiffany & Co.
- Zenith
・セレクティブ・リテーリング
出典:lvmh
- DFS
- La Grande Epicerie de Paris
- Le Bon Marché Rive Gauche
- Sephora
- Starboard Cruise Services
・その他の活動
出典:lvmh
- Belmond
- Cheval Blanc
- Connaissance des Arts
- Cova
- Investir
- Jardin d’Acclimatation
- La Samaritaine
- Le Parisien
- Les Echos
- Radio Classique
- Royal Van Lent
このように、LVMHは自社で立ち上げた新規事業や、買収で得たブランドの数を増やし続け、世界最大級のコングロマリットを形成してきました。
以降の記事では、いかにしてLVMHがこの巨大コングロマリットの手綱を握り、売上を拡大してきたかについて、3つの視点から分析してゆきます。
■LVMHの強さ① -買収による各ブランドが持つ強みの横展開-
LVMHが買収したブランドの多くは、買収後に大きく売上や利益が向上します。
その理由の一つはLVMHによる徹底的な不採算事業のカットやブランド経営方針の転換だと言えるでしょう。
しかし、ブランド買収によって売上や利益が改善するより大きな理由は、「すでにLVMHグループにいるブランドとのシナジー効果」にあると言えるでしょう。
例えば、ルイヴィトンの発売する時計類は同じLVMH傘下のブルガリやタグホイヤーからの技術提供によりそのクオリティが大幅に進化しました。
また、高級スーツケース大手のリモワは、同じくLVMH傘下のディオールやフェンディとのコラボコレクションをリリース。
こうしたブランド間のコラボレーションも同じグループであれば、より踏み込んだデザインやクオリティが出せることは間違いありません。
出典:hypebeast
そして、何よりブランドにとって価値があるのがデザイナーやアーティスティックディレクターの並行活用です。
例えば、英国生まれのデザイナー、キム・ジョーンズは2011年から7年間にわたってルイヴィトンのメンズ部門のアーティスティックディレクターを担当。
あの伝説のルイヴィトン×シュプリームのコラボレーションを手がけ、ブランドの大きな成長を生んだ人物です。
出典:highsnobiety
そんなキム・ジョーンズは2018年より同じLVMH傘下のディオールのアーティスティックディレクターに就任。
ストリートやポップアートをミックスさせたキム独特のスタイルで今までにないディオールの魅力を引き出すことに成功しています。
さらには2020年にはフェンディのウィメンズ部門のデイレクターも兼任。
このようにLVMH優秀な人材をグループ内で共有しブランドの良さを効率的に引き出しているのです。
だからこそ、LVMHは優秀なデザイナーを擁するブランドや、グループ内のブランドがまだ強くない領域を持ったブランドを積極的に買収しその強みを他ブランドに波及させているのです。
■LVMHの強さ② -安定した事業ポートフォリオ-
LVMHが勝ち続ける理由の2つめに、その安定した事業ポートフォリオがあると言えるでしょう。
LVMHといえばルイヴィトンやディオール、セリーヌやケンゾーといったファッションブランドのイメージが強いですが、前述の通りさまざまな事業に手を伸ばしています。
中でも、ワイン&スピリッツ事業はLVMHが安定して利益を出す上で欠かせない事業。実は、さまざまなブランドを有するファッション & レザーグッズ事業だけではこの巨大コングロマリットを経営するのは非常に大変なのです。
ファッションというのは当然トレンドがあり、なおかつ気候変動や社会情勢によっても製品の売上が大きく上下します。
暖冬によって厚手のコートが売れなくなったり、トレンドの終焉を読み誤って売れないアイテムの在庫を多く抱えてしまったりするのは、どんなハイブランドであっても頻繁に起こり得る事象です。
また、コートやTシャツといったファッションアイテムはシーズンを過ぎるとセールにかかり、最終的に1年以上売れ残ったアイテムは90%の価値がなくなると言われています。
各ブランドは発売開始3ヶ月を目処にセールを開始し、徐々にその割引率を高めてゆきますが、大き過ぎる割引はブランドの価値を棄損し、定価でそのブランドを買う層を減らしてしまうことにつながります。
そんな状況から、LVMH傘下のブランドに限らずアパレル業界では新品の服でも年間10億着以上が、誰からも手に取られることが無いまま廃棄されているのです。
こうしたアパレル業界の特性上、ファッションブランドはその大小にかかわらず、売上や利益が大きく変動する要素が多分に含まれています。
対して、LVMHのワイン&スピリッツ事業が担う酒類製・販売は売上や利益のアップダウンがあまりない業界。
売り切れなければ1年で新品のまま廃棄されてしまうファッションアイテムに対し、ワインやウイスキー、コニャックといったお酒は何年でも保管が可能です。
また、ファッションのように毎年トレンドが移り変わることもなく、急に需要が大きく落ち込むこともあり得ません。
出典:pennlive
LVMHは当たれば大きいアパレル業界に対しては攻めの経営をしつつ、万一の際の利益確保のためにワイン&スピリッツ事業で守りの経営を同時に行なっていることで、グループとしての強さを保ち続けているのです。
■LVMHの強さ③ -同族経営によるグループの理念徹底-
出典:courrier
LVMHはフランス生まれの経営者ベルナール・アルノーが創設。
「ファッション界の法王」「カシミヤを着た狼」などの異名を持つ彼は、2021年現在もLVMHの総帥としてトップに君臨しています。
詳しくはこちらの記事で解説していますが、アルノーの子供たちもそれぞれLVMHの各ブランドで要職についており、こうした面からLVMHは同族経営と指摘されることも多々あります。
例えば、総帥ベルナール・アルノーの長子であるデルフィン・アルノーは実質的なルイヴィトンのトップ。
三男のアレクサンドル・アルノーはリモワのCEOや、先日買収したティファニーのエクゼクティブバイスプレジデントにも就任しています。
こうした同族経営は、例えば創業者一族が気に入らない者を入れない/追放することによる、経営層の「イエスマン化」や、会社の資産私物化といった公私混同によるデメリットが取り沙汰されがちです。
しかし、同族経営によるメリットも同時に数多く存在することは無視できません。
一族が多くの株式を保有していることで経営権が奪われるリスクの低減。
また、収入を社内の一族に分散することによる節税はLVMHほどの規模となれば無視できる額では無いでしょう。
なにより同族経営の1番のメリットとして挙げられるのが幼少期から企業のトップと間近に接し、その知見や立ち振る舞い方を学ぶことができるという点。
創業者やトップの「帝王学」を幼少期から身近に学んだ家族が、同企業において優秀な幹部候補生や時期社長として力を発揮した例は枚挙にいとまがありません。
LVMHにおいても、最も年齢の若いジャン・アルノーを除いた4人のベルナール・アルノーの子供たちは、それぞれ各ブランド、事業で大きな結果を残しています。
それはひとえに、一代で巨大なアパレルコングロマリットを立ち上げたベルナール・アルノーの経営哲学や手腕を幼少期より近くから見ていた家族だからとも言えるのではないでしょうか。
■さいごに
今回の記事ではLVMHが何故強いのかにフォーカスし、その理由を分析しました。
ファストファッション業界ではユニクロやZARAがしのぎを削り、時価総額の抜かし抜かされのデッドヒートを繰り広げています。
それに対し、ハイファッション・ハイブランドにおいてはケリング、リシュモンの追い上げを後ろに見つつも、現状はLVMHがトップを独走している状況が続いています。
こうした状況はひとえに、創業者ベルナール・アルノーが組み上げた経営哲学にのっとり、堅実な買収や事業ポートフォリオの策定を行い続けてきたからに間違いありません。
そんなベルナール・アルノーもすでに御年70を超えるご高齢。
現状はすでにLVMHの執行委員会に名を連ねている長女デルフィンが後を継ぐのではとも言われていますが、今後の情勢は未だはっきりしていません。
出典:vogue
ベルナール・アルノーの進退やそれに伴うLVMHの動きも含め、今後も継続してウォッチしてゆこうと思います。