2010年代のスニーカーブームを牽引したアディダスのYEEZYシリーズ。
史上最も成功したラッパーにしてデザイナーのカニエ・ウェストとの協業で誕生したこのYEEZYシリーズは、2022年に彼の「反ユダヤ発言」によって終了してしまいました。
彼の発言からちょうど一年後の2023年10月、パレスチナ暫定自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが突如イスラエルへの攻撃を開始。
これを引き金に双方の大規模衝突が続き、この記事を書いている11月17日現在も終わりが見えていません。
衝突をきっかけに改めて注目が集まったのが、イスラエルとアメリカの強い結びつきや、それを長年後押ししてきたユダヤ系団体の存在。
米政府のみならず、アディダスやナイキを含む様々な大企業にも影響力を持ってきたユダヤ系団体について知らなければ、本当の意味でアディダスとカニエを巡る問題を理解することは不可能。
ぜひ最後までご覧ください。
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目次
- ■アディダスはYEEZYの残り在庫の放出を中断
- ■カニエはなぜ「反ユダヤ発言」をしたのか
- ■カニエの「反ユダヤ発言」の真意とユダヤの歴史
- ■現在のアメリカ社会とユダヤ系コミュニティ
- ■名誉毀損防止同盟(ADL)とはどんな組織?
- ■ADLはなぜここまで力を持ったのか
- ■アディダスとADLの関係
- ■さいごに
■アディダスはYEEZYの残り在庫の放出を中断
2023年10月、ストリートファッション/スニーカーメディア大手のCOMPLEXは、アディダスがYEEZYシリーズの残存在庫を年内は放出しない方針を社内で固めたと報じました。
アディダスは2022年のカニエ・ウェストの「反ユダヤ的発言」等を理由に、彼とのパートナーシップを解消。
出典:billboard
しかし、残存するYEEZY在庫を巡って同社は揺れ、2023年に入ってから不定期に在庫放出をしていました。
そんな中イスラエルとハマスの衝突が10月に始まり、アディダスはYEEZYを販売することで同社が反ユダヤ/反イスラエルと見られることを懸念。
公式な発表は無いものの、社内での決定事項とみられる情報が前述のCOMPLEXの記事にてリークされたのです。
■カニエはなぜ「反ユダヤ発言」をしたのか
出典:rollingstone
今回の騒動の発端となったのは、2022年の9月ごろからカニエ・ウェストがSNS等で度々ユダヤ人に対する不満や怒りを発信していたこと。
「音楽業界はユダヤ人が支配し、黒人アーティストの著作権のみならず文化そのものの所有権も握っている」
「俺が目覚めたら、ユダヤ人にデフコン3(※米軍用語で防衛体制レベル3への引き上げの意)を行う」
といったツイートやポッドキャストでの発言が物議を醸すことになりました。
もともと自由奔放な発言で知られていたカニエ・ウェストですが、同年に元妻キム・カーダシアンとの離婚が成立して以降、その傾向は悪化。
出典:people
ユダヤ人批判のみならず、ブラックライブズマター運動への批判やアディダスやバレンシアガに対する不満を強い言葉で発信する日々が続いていました。
こうした状況を踏まえると彼が精神的に不安定な状態にあったことは間違いなさそうですが、カニエの憤りを理解するにはアメリカにおけるユダヤ系の歴史を紐解かねばならないでしょう。
■カニエの「反ユダヤ発言」の真意とユダヤの歴史
出典:cjr
ユダヤ人迫害の最たるものとしてはナチスドイツの強制収容所が思い起こされますが、歴史を振り返ると彼らは紀元前のユダヤ戦争による離散以降、長きにわたってたびたび差別と迫害を繰り返して受けてきた人々です。
出典:y-history
国なき民として世界各地に散らばっていたユダヤ人たち。
その一部は19世紀末にヨーロッパからアメリカに越してくるのですが、当時のアメリカは農業や工業といったメジャー産業のほとんどから新参者であるユダヤ人を締め出し。
その結果、アメリカにおけるユダヤ人の多くは当時のニッチビジネス、すなわち金融、流通、メディア、ショービジネスといった産業に携わることになります。
出典:skyticket
例えば、当時のアメリカにおける映画産業は、以下主要7社のうち6社がユダヤ人によって創設。
・MGM
・パラマウント
・20世紀フォックス
・ワーナーブラザーズ
・ユニバーサル
・コロンビア
・ユナイテッドアーティスツ
唯一創設者がユダヤ人ではないユナイテッドアーティスツも、ユダヤ人であったチャーリー・チャップリンが中心メンバーとして活躍していたことが知られています。
こうした経緯からアメリカにおける映画産業や音楽産業、金融業界、そして新聞やマスコミといったメディア産業はユダヤ人によって発展し、現在でもこれらの業界にユダヤ系コミュニティが強い影響力を持っているのです。
出典:gq-magazine
そんな中、カニエ・ウェストが長年不満に思っていたこと。
それはすなわち、自分がヒップホップ(=黒人文化)によって得た収益の多くが、音楽レーベル(=ユダヤ人コミュニティ)によって搾取されている、という図式なのです。
彼は今回の「反ユダヤ発言」以前から度々音楽業界を批判しており、業界やレーベルを現代の奴隷船とも評しています。
■現在のアメリカ社会とユダヤ系コミュニティ
出典:getnavi
こうした歴史を踏まえて現在のアメリカ社会を見つめ直すと、かつてニッチビジネスとされていたメディアやエンタメ、そして金融といった産業が世論や政治を動かすメインファクターとなっていることが分かるはず。
映画やマスコミの報道を通じて親ユダヤ的な発信を行うのは勿論のこと、各産業で蓄積した豊富な資金を政治活動へ投資しています。
NHKの報道によれば、ユダヤ系のロビー団体は米国内の政治家に多額の政治資金を提供しながら親ユダヤ/イスラエル寄りの政策をとるよう働きかけているとのこと。
人口に占める割合がわずか2%あまりのユダヤ系の人たちが、ロビー団体を通じて米国の外交政策に大きな影響を与えていると報じています。
出典:variety
こうした団体の中でも特に大きな力を持つのが名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League)、通称ADLと呼ばれる組織。
そして彼らは現在、政治のみならずアディダスやナイキ、NBAといったストリートカルチャーの中枢に対しても強い影響力を発揮しているのです。
■名誉毀損防止同盟(ADL)とはどんな組織?
出典:variety
では、ADLこと名誉毀損防止同盟とはどんな組織なのでしょうか。
1913年にジョージア州で逮捕されたユダヤ人男性が、のちにリンチによって殺害された事件をきっかけに誕生したのがADL。
反ユダヤ主義と戦うことを使命とするアメリカの団体の中でも最大規模を誇っており、「反ユダヤ」の芽を摘むためにADLが危険分子と判定した組織や人を徹底的に監視することで知られています。
出典:nypost
当然その資金力やメディアとのつながりも強く、圧力団体として大きな力を持つADLに目をつけられると黙殺は不可能。
カニエの発言を巡ってアディダスへ強い働きかけを行ったのはもちろんのこと、NBAスーパースターのカイリー・アービングのネッツ出場停止やナイキとの契約終了にも大きく関与しました。
■ADLはなぜここまで力を持ったのか
出典:jpost
ADLの力が強まった背景には、2015年にADLのトップに就任したジョナサン・グリーンブラット全国理事の影響との声も多数。
グリーンブラット理事のキャリアは2002年にボトル入り飲料水企業イートスウォーターの起業からスタート。
同社が2005年にスターバックスに買収されると、彼もスターバックスのグローバル消費者製品担当副社長に就任。
出典:philanthropy
そして、なんと2011年の秋にはオバマ政権の大統領特別補佐官及び米国国内政策評議会の社会イノベーション・市民参加局(SICP)局長に任命されます。
2014年に同職を後任に引き継ぐとADLの最高責任者である全国理事に就任。
現在に至るまで組織で辣腕を振るっています。
グローバル企業の役員を務め、大企業や米国議会とのパイプの太いジョナサン・グリーンブラット。
現在のADLの収益は彼がトップを引き継いだ年と比較して倍以上に膨れ上がっており、献金元にはアップルやウーバーといった大企業が並んでいます。
しかし、近年ますます力を強めるグリーンブラット体制でのADLに対し、その活動の是非を疑問視する声も。
出典:forward
例えば直近のADLにとっての最大敵はXこと旧ツイッター。
ADLはイーロン・マスクが同SNSを買収して以降、Xが反ユダヤ的投稿を放置しているとして企業に広告を出稿しないよう呼びかけ。
これに対してイーロン・マスクは「ADLの誤った非難と広告主への圧力によって広告収入が60%低下した」と発言。
団体名から「Anti(防止)」を取り払い「名誉毀損同盟(Defamation League)」に名称変更すべきだと反発しました。
出典:twitter
また、直近のイスラエルとハマスを巡る問題において、他のユダヤ系団体とも対立。
ユダヤ系団体Jewish Voice for Peace(平和を求めるユダヤ人の声)は10月18日に停戦を求めて議事堂にて座り込みやデモ活動を実施。
その際に団体が掲げたスローガンは「Never Again for Anyone(2度と誰に対してもしない)」。
かつてナチスドイツから受けたホロコーストを、今度は自分たち(=イスラエル)がパレスチナに対して行うべきではないと主張するJewish Voice for Peaceに対し、ADLは彼らを「ヘイト団体」と認定しました。
そして、ブラックライブズマター運動において大きく力を発揮した黒人団体連合「Movement for Black Lives」とも対立。
こうした状況から、ADLは反ユダヤ主義を減少させるどころか増大させているという論説も大手メディアで語られるようになったのです。
■アディダスとADLの関係
出典:ardex
こうした経緯を踏まえ、アディダスとカニエ・ウェスト、そしてADLの関係を改めてまとめてみましょう。
2022年にカニエが「反ユダヤ発言」を行った当初、アディダスはカニエの処分には消極的でした。
それもそのはず、YEEZYの売上は2021年時点でアディダスの年間売上高の8%にも及びます。
カニエの言動によってYEEZYを終了することは、アディダスにとっても厳しい選択だったことに疑いの余地はありません。
しかしその後、アディダスはADLや社内のユダヤ系役員からの反発に寄り添い、カニエとの契約を打ち切り。
翌年6月に残存在庫の販売をスタートするまで、その処遇を巡って大いに頭を悩ませていました。
カニエとの契約を終了した翌月となる2022年11月、アディダスはADLに対し100万ドルを寄付。
その後も2023年6月にYEEZYを再販するにあたり、収益の一部をADLに寄付することで合意したのです。
なお、アディダスのビョルン・ガルデンCEOは当時の出来事を振り返り、2023年9月に「(カニエの反ユダヤ発言は)本心からのものではないだろう」と発言。
出典:capital
これに対しADLのジョナサン・グリーンブラットは即座に反発し、ガルデンCEOは謝罪に追い込まれました。
こうした動きを見るにアディダスはADLに対して過剰に配慮しているように感じる方もいるでしょう。
しかし、ドイツ企業にして創業者が元ナチス党員であったアディダスは、その特性上「反ユダヤ企業」と目されないために細心の注意を払う必要があります。
イスラエルとパレスチナの対立によってますますADLがピリつく中、アディダスはYEEZY在庫のさらなる放出によって彼らを刺激すること恐れたのかもしれません。
■さいごに
今回の記事では、アメリカ社会における最大のユダヤ人団体であるADLとアディダス、そしてカニエ・ウェストの関係について解説しました。
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