経済産業省(旧通産省)への入庁以降、全国を回りながら日本の産業発展に注力してきた岸本吉生氏。
現在はものづくり生命文明機構やデザインコンサルタントの活動を中心に、日本の職人や伝統工芸についても精通されています。
そんな岸本氏に、職人の手しごとを発信するECサイトCRAFT TALESのしゅーがお話を伺う全4回の対談企画。
前半2回をFashion-Archive.com、後半2回をCraft-Tales.comにて配信します。
対談では「売り手」「職人」「買い手」「場所」の4視点から業界の抱える課題や解決のヒントを深掘り。
第1回では伝統工芸品を販売する「売り手」、すなわち商人(あきんど)をテーマにお話を聞きました。

しゅー:まず初めに、岸本さんが注力されている事業のひとつである、
輪島塗についてお伺いします。
輪島塗は先の能登半島地震でも大きく被害が報じられました。
岸本:地震以降、いま輪島塗に携わっている人は1,000人いないでしょう。
輪島塗の売上規模は20億円ぐらい。
20億を1,000で割ったら1人200万円ということになる。
ちょっともう産業としては成り立ってないということになります。
私がやろうとしているのはそれを変えること。
しゅー:どうすれば良いのでしょうか?

岸本:ひとつは30万円や300万円といった高価格帯の商品を開発すること。
「この価格帯でも売れるモノとは何か」というのをやっています。
もうひとつは「作ってから売るのではなく、売れてから作る」こと。
トヨタの自動車だって売れてから作る。お客様のオーダーメイド。
オーダーした自動車は売れてから納車までに半年くらいかかります。
輪島塗も注文を頂いてから何カ月かお待ちいただく。
そういう作り方を今デザインしています。
しゅー:「商材作り」と「受注販売」ですね。
輪島塗の蒔絵や沈金といった技術に高いお金を出せる人を探すとなると、やはり富裕層でしょうか?
岸本:いいえ、そもそも技術にお金を出すという考え方が違います。
「蒔絵だから300万」「沈金だから250万」
そういうことじゃない。
その商品が300万でも欲しいと思うから買うのです。
「あいつらが作れないもんを作れ」みたいな技術のゲームを始めてしまうと、手間がかかるのに値段に跳ね返らないから産地が損をするんです。赤字体質。
そうすると職人はどんどんやめていく。
だから私「技術」って言葉が嫌なんです。
技術って言えば言うほど産地は滅ぶ。
「今2ミリ角でやっているのを0.5ミリ角でやってくれ」と言われて、できるけどそんなことに価値はあるでしょうか?
必要な条件さえ満たしていれば、技術が高い方がいいということはないのです。
しゅー:『職人(岩波新書 永六輔)』という本があります。
この本でも「欲しいと思ったら負けで、その値段で買うのだ」という話がありましたけれども、そういう気持ちをどう醸成すればいいのでしょうか?
岸本:何回も何回もタダで見るっていうことが大切なんだと思います。
パッと見て買ったりできない。価値がわからない。
何度も見続けているうちに、「やっぱりあれが欲しい」となるのです。
しゅー:そうすると、輪島塗ならば石川県に足を何度も運ぶ?
岸本:石川県である必要はありません。かつては百貨店がそういう場所でした。
百貨店はものを買いに行くのではなく、ものを見て帰る場所でした。
呉服屋さんだって、例えば女性が店を訪れたとしてもその日に買ったりはしない。
「いろいろ見せて」って言って。
それでお店は「これ人気がありますのでお早めに」って言う。
2週間たって行ったら「ごめんなさいね。売れちゃいました」と(笑)

岸本:ちょっと固有名詞をだすけれど、いま日本橋高島屋に行こうが新宿伊勢丹に行こうが、日本の良い漆器なんて置いてない。
なぜなら売れてないから。
売場が勿体無い。売れるものしか置いてない。
だから行っても良いものには出会えないのです。
しゅー:「良いもの」と「売れるもの」の違いはなんですか?
岸本:良いものは「高い値段を出してでも欲しい」と思う人が居るということ。
売れるものは「売れた実績が最近ある」ということ。
しゅー:かつての百貨店には「良いもの」を置き、売れることを焦らない雰囲気がありましたか。
岸本:お客さんが何に喜ぶか?それだけを追求し、売ることは追求しない。
ウインドウショッピングに来たお客さんを喜ばせて帰る。そうでないと高いものなんか買わないです。
自動車のディーラーなんか必ずそうなのだから。
飲み物を出し、お土産出し、ニコニコしている。
この人はいつか買ってくれるだろうと。
しゅー:商人(あきんど)の側に求められるのは、そういう場を提供することですか?
岸本:そう。だけれどそういう場を提供しようと思うと、店員の人件費が売れない回数分だけ空回りするわけでしょう?
だから今それができなくなっているんですよ。
そこに工夫がいるんだ。
しゅー:例えばいま大阪万博で輪島塗の「夜の地球」という巨大な輪島塗の地球儀が展示され、世界中の人がその素晴らしさに感嘆しています。
そういう場所も1つのきっかけになりますか?
岸本:あんまり関係がない。繰り返しになりますが「その技術がすごいかどうか」というのを私はあまり気にしていないです。 あなたが欲しい品物か否かです。

しゅー:「欲しい」と思うトリガーはどこにあるのでしょうか?
岸本:自分の感覚に訴えるものがあるかです。
自分のアイデンティティーやルーツとの関連性は大きいと思う。
例えば私が中国・広東省で作られた着物を着ても、そこの感覚は無いですよね?
だけどもし、私の親戚に広東省のおじいちゃんがいれば、シンパシーを感じるかもしれない。
自分の感覚に訴えるものは他にもたくさんあります。
干支とかでもいい。
だって自分が馬年なのに牛がデザインされた商品なんか買わないでしょう。
実用性で選んでいるわけじゃないのです。
先ほど述べた「注文が入ってから作らないといけない」と言う点にも繋がります。
先に柄を決めてしまったら、それを気に入ったお客しか買わないのです。
しゅー:「商品」と「工芸品」は明確に違いますね。
次回は工芸品を作る「職人」の視点からお話を伺いたいと思います。
ありがとうございました。


