2022年12月、NBAのスター選手カイリー・アービング(Kyrie Andrew Irving)は、ナイキとの8年間に及ぶ蜜月が終わりを告げたことを発表しました。
マイケル・ジョーダンとエアジョーダンシリーズ以降、レブロン・ジェームズと並んでナイキで最も成功を収めたシグネチャーラインを生み出したカイリー・アービング。
今回の記事では何故彼がナイキから契約終了を告げられるに至ったのかや、その裏にある米国の現在について解説します。
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目次
- ■カイリー・アービングがTwitterでシェアした映画が発端となる
- ■カイリーはツイートをきっかけに試合出場停止とナイキの契約停止に
- ■アディダスは反ユダヤ発言をしたYe(カニエ・ウェスト)との契約を打ち切り
- ■ユダヤ人コミュニティは何故強い影響力とパワーを持つのか
- ■虐げられてきた者同士の対立は続くのか
- ■さいごに
■カイリー・アービングがTwitterでシェアした映画が発端となる
出典:dailymail
2022年10月27日、ブルックリン ネッツのスター選手カイリー・アービング(Kyrie Andrew Irving)は自身のTwitter (@KyrieIrving)で、2018 年に発表されたとある映画のAmazonリンクを投稿しました。
2015年に出版された同名の本の映画化であるこの「Hebrews to Negroes: Wake Up Black America」は、“それまでアメリカの権力者たちによって隠されてきた黒人の真実の歴史を明らかにする”ことをテーマとした作品です。
出典:amazon
映画の原作となった本著は、黒人が虐げられてきた歴史を筆者の視点から再解釈した1冊。
奴隷商人たちがアフリカに足を踏み入れてからの歴史や、彼らのあゆみを聖書の時代まで遡り分析した作品となっています。
しかし、かつての奴隷貿易や現在に至るまでの黒人差別にユダヤ人が関わっていたと主張する作品であったことから、「反ユダヤ主義」的として多くの人権団体やロビー組織から非難を受けていました。
■カイリーはツイートをきっかけに試合出場停止とナイキの契約停止に
出典:dailymail
10月27日にカイリーが行った投稿に批判が集まるとNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)とブルックリン・ネッツのオーナーであるジョー・ツァイはそれぞれ公式声明で彼を非難。
29日にカイリーはツイッターで自身が反ユダヤ主義では無いとしつつも「私が信じているものを否定するつもりはない」と述べ、さらに炎上することとなります。
このタイミングで米国最大のユダヤ人団体である名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League 略称: ADL)がネッツとジョー・ツァイに接触。
29日、ADLのCEOを務めるジョナサン ・グリーンブラットはTwitterでバスケチームとの話し合いについて早速言及。
「反ユダヤ的なヘイトスピーチの促進を非難するために迅速に対応してくれたことに感謝する」とブルックリン・ネッツとジョー・ツァイに感謝の意を述べていました。
出典:dailymail
これに対しカイリーはツイッターで「自分に押し付けられている『反ユダヤ』のレッテルは誤りであり、事実とは異なっている。私はあらゆる人生の歩みや宗教を受け入れ、そこから学びたいと思っている」「今は2022年でAmazonは公共のプラットフォームである。見るか見ないかはその人次第であって、なんら違法なことでは無い」と反発しました。
翌日カイリーは問題の発端となった映画のリンクツイートを削除。
しかしナイキは翌週11月5日にカイリーとの契約関係を一時停止したと発表。
11月8日に発売予定だった新作シグネチャーシューズ「Kyrie 8(カイリー 8)」も今後発売をしないと宣言しました。
また、ブルックリン ネッツもカイリー・アービングを5試合の出場停止処分に。
その後11月13日のレイカーズ戦が6試合目となるもオーナーであるジョー・ツァイは「彼にはまだやるべきことがある」として、彼への処分を解くことはありませんでした。
この出場停止処分は11月20日にカイリーが謝罪会見を開くまで継続。
処分が解除されるまでカイリーは計8試合を逃すこととなりました。
カイリーは謝罪会見で「自分はどんなグループに対しても、危害を加えるつもりはなかった。しかし、自分の声がいかに力を持っているのか一連の出来事を通じて学んだ。私はそれに責任を持ち謝罪する」と発言。
自体はようやく収束するかに思われましたが、12月6日にナイキは広報を通じて「カイリー・アービングはもう契約アスリートでは無い」と発表。
NBAバスケットボールリーグにおいて最も履かれたシューズだった「カイリー」シリーズは終了することとなったのです。
■アディダスは反ユダヤ発言をしたYe(カニエ・ウェスト)との契約を打ち切り
出典:cosmopolitan
カイリーと同じく反ユダヤとされる言動によって、同時期に巨大スポーツブランドとの契約を解除されたのがラッパーのYeことカニエ・ウェスト。
2010年代のスニーカー・ストリートシーンをリードしたカニエ・ウェストでしたが、22年10月25日にアディダスはカニエとのパートナーシップ解消を発表。
原因の一つには彼がSNSなどを通してユダヤ人に対する不満や怒りを表明してきたことにあります。
数多くのヒット曲を生み出してきた音楽業界の重鎮、カニエ・ウェストは「音楽業界ではユダヤ人が支配し、黒人の意見を所有している」と発言し炎上。
インスタグラムの凍結やアディダス、バレンシアガといったブランドとの提携終了、銀行口座の凍結といった措置が取られることとなりました。
■ユダヤ人コミュニティは何故強い影響力とパワーを持つのか
ここまで、カイリー・アービングとカニエ・ウェストの事例について紹介しましたが、多くの日本人にとってはアメリカにおいて黒人差別以上にユダヤ人への差別がタブーとされている状況が伝わっていないように感じます。
日本人がユダヤ人について考える上で前提として持っておきたい知識として、文学者の内田樹は「私家版・ユダヤ文化論」においてこう述べています。
「日本人は外国に住んでいる日本人のことなど気にしない。そして外国に住んでいる日本人も日本に住んでいる日本人のことなど気にしない」
「この日本国と日本人の関係をモデルに考えている限り、ユダヤのことは理解できない」
古くは紀元前のユダヤ戦争による離散から国亡き民、そしてキリスト教圏における異教徒として迫害を受けてきたユダヤ人はその特性上結束が強く、たとえ国外に居ようとも他民族からの迫害や攻撃に対し一致団結し反発してきた歴史を持ちます。
歴史的に幾度となく土地を追われてきたユダヤ人は農業や工業といった「土地に根ざしたビジネス」に従事することがほとんど出来ませんでした。
19世紀末にユダヤ人がヨーロッパからアメリカに越してきた時も彼らは当時のメジャー産業のほとんどから締め出されることに。
その結果、当時のニッチビジネス、すなわち金融、流通、メディア、ショービジネスといった産業に携わることを余儀なくされたのです。
その結果、例えば当時のアメリカにおける映画産業は、以下主要7社のうち6社がユダヤ人によって創設。
・MGM
・パラマウント
・20世紀フォックス
・ワーナーブラザーズ
・ユニバーサル
・コロンビア
・ユナイテッドアーティスツ
残る1社であるユナイテッドアーティスツも、ユダヤ人であったチャーリー・チャップリンが中心メンバーとして活躍していたことが知られています。
こうした歴史によってアメリカにおける映画産業や音楽産業、金融業界、そして新聞やマスコミといったメディア産業はユダヤ人によって発展し、現在に至っても強い影響力を持つこととなっています。
また、近年ではITの領域においてもグーグルの創業者ラリー・ペイジや、メタ(フェイスブック)創業者のマーク・ザッカーバーグのようなユダヤ人が成功を収めたことも無視できません。
1990年大以降、アメリカにおいて一次産業・二次産業が衰退したのと比例するようにITや金融、メディア、エンターテイメントが主流産業となってゆきます。そしてそのことは図らずもユダヤ人コミュニティにより大きな影響力を与えることとなりました。
当然、今日におけるユダヤ人コミュニティの成功は彼らの努力と、当時の主要産業から締め出されたゆえの結果論であることは間違いありません。
しかし、過去数千年にわたって虐げられてきたユダヤ人の歴史と彼らのコミュニティ内の結束の強さゆえ、今のアメリカでは少しでも「反ユダヤ的」と思われる言動を行うと、ユダヤ人コミュニティーが強い影響力を持つ産業、すなわちSNSやメディア・金融やエンタメ産業から猛烈な総攻撃を受ける状況となっています。
■虐げられてきた者同士の対立は続くのか
ここ直近のカニエ・ウェストのアディダス離脱やカイリー・アービングのナイキ契約終了には、こうした問題が裏に潜んでいることは間違いありません。
カニエの主張にはヘイト発言が多分に含まれていることに異論はありませんが、「黒人コミュニティによって作られたヒップホップという文化とその利益が、ユダヤ人コミュニティによって作られた音楽産業に吸い上げられている」という一点においてはそれが事実であるのは間違いありません。
そして、たった1つのツイート、しかも彼自身の文章ではなく単なるAmazon上の書籍リンクの掲載によって大きなものを失ったカイリー・アービング。
ここ直近の流れを見てきたアメリカ国内の黒人コミュニティが、ユダヤ人コミュニティに対して反発の声を上げる可能性は大いにあります。
ともに迫害を受けた歴史を持ちつつも、偉大な文化を数多く作り出してきたユダヤ人コミュニティと黒人コミュニティ。
迫害と、それに打ち勝つパワーを持った2つのコミュニティが対立する状況は今後も続いてしまうのでしょうか。
カイリー・アービングは契約解除後初めてとなる声明を12月5日に発表。
全文は以下の通りです。
“Anyone who has even spent their hard earned money on anything I have ever released, I consider you FAMILY and we are forever connected. It’s time to show how powerful we are as a community,”
「私がこれまでにリリースしたものに、苦労して稼いだお金を費やしたことがある人へ。
あなた皆私たちの家族であり、私たちは永遠につながっています。私たちがコミュニティとしてどれほど強力であるかを示す時が来ました」
12月7日の試合でカイリーは自身のナイキシグネチャーシューズ「カイリー3」を着用。
すでにナイキとの契約を解消している彼はシューズの両サイドに大きく入っているナイキのスウッシュロゴを黒いテープで隠し、金の文字でこう記しています。
「I AM FREE Thank You God…I AM (私は自由です。神に感謝)」
「LOGO Here (ここにロゴを)」
また、カイリーは事件から約2ヶ月後の2月6日にブルックリン ネッツを去り、マブスことダラス マーベリックスへ移籍を発表。
今回の事件が関係しているかは発表されていません。
■さいごに
今回の記事では、ナイキとカイリー・アービングの契約解消について解説。
あまり深く日本では報道されていないアメリカの現状を含めたうえで考察をしました。
ファッションアーカイブ.comでは他にも様々なファッション関連の事件や問題について分析し解説しております。
是非他の記事もご覧頂ければ幸いです。
また、当然上記考察は筆者自身の考えであり、様々な解釈や反論の余地がある内容だと認識しております。
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