艶やかな柄デザインが今もなお根強い人気を誇るラグジュアリーブランド、ヴェルサーチェ(Versace)。
しかし、このブランドがかつて創業者を暗殺されるという血塗られた過去があったことはあまり知られていません。
今回の記事では、ヴェルサーチ暗殺事件を徹底解説。
なぜ彼は狙われ、殺されなければならなかったのかを分析します。
■ヴェルサーチェとは?

出典:prtimes
ヴェルサーチェの創業者であるジャンニ・ヴェルサーチは、1946年にイタリアのレッジョ・カラブリアで誕生。
幼少期から母親の洋服店でファッションに触れ、1972年にミラノに移住してデザイナーとしてのキャリアをスタートします。
1978年には自身のブランド「ヴェルサーチェ」を設立。瞬く間に国際的なラグジュアリーブランドとして成長させました。

出典:wwdjapan
ジャンニのデザインは、時に「愛人ファッション」と揶揄される大胆で官能的なスタイルが特徴。
鮮やかなプリント、金属メッシュ、ボンデージといった要素はのちの多くのブランドに影響を与えています。
また、ヴェルサーチがファッション界に与えた最も大きな要素はずばりセレブリティマーケティング。
ジャンニは、エリック・クラプトン、ダイアナ妃、マドンナ、エルトン・ジョンといった著名人をショーのフロントロウに座らせるだけでなく積極的に起用し、ファッションをポップカルチャーと融合させました。
また、ナオミ・キャンベルやシンディ・クロフォードといったモデルを単なるマネキンではなく「スーパーモデル」として台頭を促したのもヴェルサーチの功績だと言えるでしょう。
■ヴェルサーチ暗殺事件

出典:buzzfeed
ファッション業界の重鎮として尊敬を集めていたジャンニ・ヴェルサーチの突然の最後は1997年7月15日にアメリカのマイアミビーチで発生。
彼は自身の別荘の玄関前で、アンドリュー・クナナンという男に銃殺されたのです。
アンドリュー・クナナンはなんとヴェルサーチを殺す前に4人もの男性に手を掛けた連続殺人犯。
彼はこの事件の8日後に自殺したため、事件の詳細な動機や原因は今も不明瞭なままとなっています。
しかし、のちにクナナンの来歴やヴェルサーチとのつながりが少しずつ明らかとなり、現在では彼の同期や事件の輪郭が朧げながら浮かびあがってきています。
次章ではクナナンの生き様から彼がヴェルサーチ暗殺に至った経緯を分析いたします。
■連続殺人鬼クナナンはいかにして生まれたのか?
アンドリュー・クナナンは株式仲介人として財を成した父の元で生まれた四男坊。
裕福な日々を送っていた彼ですが、家庭内では幼少期から度々両親の不和が起き、アンドリュー・クナナンはその反動から学校では他人よりも殊更に自分が幸せであることをアピールするような少年時代を過ごします。
また、第二次性徴期を迎える頃には自身がゲイであることを自覚。
10代のうちからゲイコミュニティに入り込み、自身の身体を売って金を稼ぐことを覚えます。
そんな中、株を生業にしていた父の事業が失敗し、父は家族を捨てて海外に失踪してしまいます。
クナナンはアメリカのゲイの聖地であるサンフランシスコ・カストロ地区に入り浸るようになり、お金持ちの同性愛者をパトロンにしながら暮らすようになっていきます。
カストロでのクナナンは幼少期同様に自分が成功者であることを殊更にアピールし、高級レストランを渡り歩く羽振りの良い生活を敢行。
しかしその実態はまともに働いたこともなく、お金持ちに寄生するだけの、今で言う「港区女子」のような存在であったといわれています。

出典:25ans
そんな中、とあるパーティーでファッション業界のスーパースター、ジャンニ・ヴェルサーチと邂逅。
出会って会話をしたのはその夜一度きりだったとされていますが、クナナンはヴェルサーチと会話をしたことを何度も友人らに自慢するほど誇りに思っていたそう。
なお、当時ヴェルサーチ本人もゲイであることをオープンにしていました。
しかし、年上男性から金銭的援助を受け、“港区男子”として豪勢に暮らしていた彼の生活は1996年に終了。
「麻薬をうつようになり堕落した」「鍛えるのをやめ肉体美が失われた」「HIVに感染した」など諸説あるものの、彼のパトロンがみな離れクナナンは一文なしとなります。
それまでまともに働いたことのなかったクナナンにとって、ここから一般的な仕事に就くのは無理な話。
そんな中、パトロンのクレジットカードが限度額に達し、限界を迎えていたクナナンにトドメを刺す出来事が発生します。
■連続殺人

出典:buzzfeed
アンドリュー・クナナンはかつてジェフリー・トレイル、デビッド・マドソンという“元カレ”がそれぞれいました。
2人とはそれぞれ別れ、友人に戻っていたクナナンでしたが、パトロンが離れ追い詰められていた時期に、実はジェフリーとデビッドが付き合っているという事実を知ってしまいます。

出典:yahoo
クナナンの最初の殺人は1997年4月27日、かつての恋人であったジェフリー・トレイルが撲殺遺体となって発見されます。
恐ろしいのは、マドソンのアパートで、マドソンの目の前でクナナンがトレイルをハンマーで撲殺したという点。
マドソンとクナナンはトレイルの遺体を絨毯で簀巻きにすると、部屋の隅にそれを放置したまま2日間生活。
警察が部屋を訪れるという事態になって初めて、2人は逃走します。
クナナンの2人目の被害者となったのは、彼の共犯者として共に逃亡したデビッド・マドソン。

出典:cbsnews
1つめの殺人からわずか5日後となる1997年5月2日、デビッドはクナナンが死んだトレイルから奪った彼の拳銃でマドソンを銃殺します。
マドソンの車でその場を去ったクナナンは次に、リー・ミグリンという72歳の不動産開発業者を手にかけます。
これまでとはうって変わって、リー・ミグリンはクナナンとはなんの関係もなかった人物。
妻が外出中、ミグリンの自宅に押し入ったクナナンは彼を拘束し剪定鋏で胸を切り裂き、頭部へ何度も打撃を加え、ガレージ内で彼を執拗に車で轢くという残虐な殺人を犯します。
その後ミグリン宅で一夜を明かしたのち、クナナンは現金や自動車を盗み家を後にします。
ミグリンの車で逃走したクナナンでしたが、車載ラジオを通して自動車が警察にマークされていることを知った彼はニュージャージー州の墓地で車を乗り捨て。
墓地の管理人であったウィリアム・リースを殺害すると、彼の赤いピックアップトラックを入手。

出典:buzzfeed
その車でフロリダに向かったクナナンは、トラックを乗り捨てるとマンスリーホテルに宿泊し、被害者から盗んだ金で2ヶ月にもおよぶバカンスを開始。
全米で指名手配されていたにも関わらず、堂々と街を闊歩していたというから驚きです。

出典:buzzfeed
1997年7月15日、クナナンはかつて一度だけ会ったことのあるセレブリティ、ジャンニ・ヴェルサーチをマイアミビーチの彼の自宅前で殺害。
有名人のセンセーショナルな死と逃走した連続殺人犯。
FBIはアメリカ警察史上最大級の大規模捜索キャンペーンを開始。
ヴェルサーチを殺害した8日後の1997年7月23日、クナナンはマイアミ・ビーチに停泊していたハウス・ボートにいるところを管理人に発見されます。
管理人の目の前でボートのドアを閉め、立てこもったクナナン。

出典:alchetron
警察に包囲され、ついに突入をされると、そこにはすでに拳銃自殺をしたクナナンの死体が横たわっていました。
■クナナンはなぜヴェルサーチを殺害したのか?

出典:fbi
クナナンの5件の殺人のうち、1件目と2件目はある意味個人的な事情や関係性をベースとした殺人だったと言えるでしょう。
対して、3件目と4件目の殺人はそれぞれ逃走にあたって場当たり的に犯行を重ねたものであり、被害者はいずれも「その場に不運にも居たから」という理不尽な理由で殺害されています。
では、最後の犯行であるヴェルサーチはどうだったのでしょうか?
4件目の殺人を犯したのち、フロリダに流れ着いたクナナンは2ヶ月に渡って同地に潜伏しています。
その間、クナナンは近くに住むジャンニ・ヴェルサーチの行動パターンを研究した上で反抗に及んだとされており、同殺人は彼を狙った計画的なものだったと考えられています。

出典:britannica
クナナンがヴェルサーチを狙った理由には諸説ありますが、その本質は彼がヴェルサーチの人生と自分のそれを見比べ、猛烈な嫉妬と執着に駆られたからではないでしょうか?
クナナンは今でいう“港区女子”やインフルエンサーのように、自身が裕福な成功者であるかのようにゲイコミュニティ内で偽っていました。
しかし、その実態はまともに働いたこともなく有力者の富に寄生するだけの空虚な存在。
対するヴェルサーチは同じゲイでありながら、名実ともに素晴らしいデザイナーとしての「成功」を嘘偽りなく持っていた。
クナナンはそんなヴェルサーチの人生を羨んだからこそ、生涯における最後の殺人の相手として彼を狙ったのではないでしょうか?
■さいごに
今回の記事ではファッション史に残る悲劇として知られるヴェルサーチの暗殺事件について分析いたしました。
本サイトでは様々なブランドの歴史や人気の理由、マーケティング戦略などを解説しております。
他の記事もあわせてご覧頂けましたら幸いです。
また、X(旧Twitter)/TikTok/YouTubeではWebサイトとは異なる情報発信を実施中!
ぜひこちらもご覧ください。
各SNSのリンクはページの最下部から!





